院長のコラム

「旅立ち」という言葉から・・・、

2010.10.3

本人と第三者の意識の違い 
最近はこちらの「旅立ちの唄」を良く聞きます。
10-10-3-1
僕の母親は享年四十九歳、父親は享年五十九歳でこの世を去った。平均年齢から考えると母は四十年近く、父は二十年近く早く来世に旅立った。旅立つと言う言葉だけをみるとかっこいいが、現世に取り残されたものにとってこんな悲しい言葉はない。
しかし、昨今の日本では、死者を荼毘に付すことなくまさに死者に鞭を打つ、ということが現実に起きている。それぞれの家族にそれぞれの理由はあると思うが、我が家の家訓を一つここに残す。
「俺が来世に旅立ったら、とにかく戸籍は抹消せよ。俺の年金で食べようと思うな!」

ちなみに、自分が初めて「旅立ち」と言う言葉がこんなに切ないものだと感じたのは、中学校の卒業式で聞いた松山千春の「旅立ち」である。その曲で退場していく3年生の妙に凛々しい姿に感動を覚えたのと同時に、その曲を聴いて「取り残された」という感覚が僕の胸に深く刻み込まれた。だから、当事者である卒業生達もきっと旅立ちという曲で十五の春に切ない彩りが添えられたのだろう、と想像した。それらを想うと後輩として未来の先輩として一筋の涙が頬を伝わったのを憶えている。
そして、2年後・・・、自分が卒業する時には、長渕剛の「乾杯」を卒業生一同で合唱し、退場する時に「旅立ち」が2年前と同じように流れた。しかし、当の本人は意外と淡々としていた。なんだか照れくさく、気恥ずかしさで一杯だった。本人と第三者の意識の乖離、意識の較差を何となく知った。

最近、どうしようもない無力感を感じた。かかりつけの患者さんの奥さんが長い闘病の末亡くなられた。その方の娘さんも早世されたらしい。当院に来院した時は、目はうつろでげっそりと痩せ、いかにもお酒で喪失感を紛らわせているのだろうな、という雰囲気を漂わせていた。かける言葉を見つけられなかった。例え見つけられたとしても、勇気づけられないことはよく分かっていた。ただ、「亡くなった奥さんは、あなたが寂しさのあまり酒浸りになっていることを喜んでいるでしょうか。その寂しい気分を癒すのは酒でもなく、薬でもなく、時間という日にち薬だけですよ。今はひたすら耐え忍びましょう、そしてその人達の分まで長生きしましょう。」とだけしか声をかけられなかった。自分が両親を亡くした経験から感じ取ったことを、そのまま伝えることしか出来なかった。この場合、本人と第三者の間には埋めることの出来ない意識較差、いやむしろ本人は断絶と言っていいほど悲しみのどん底に突き落とされる。

話はいつものごとく、くどくなった。最近、この調子で子供にメールをすると、「最近、変なメールがよく来るので止めてもらえませんでしょうか」と返信されてきた。
当事者と第三者、埋め尽くすことのできない感情がそこには横たわっていることが分かる。それは、親子もしかり、夫婦もしかり、一緒に働いているスタッフもしかり、同業者もしかり、この地域に住んでいる人たちもしかり、この日本という国に住んでいる人たちもしかり、この地球に生きている人たちもしかり、そして、今生きている人ともう既に旅立った人もしかり。
こうして冷静に考えると、人間同士は分かり合えない、という前提に立って考えると生き方・考え方が楽になるような気がする。そして、だからこそ少しでも分かり合うための努力をしなければならないと考えると、落としどころ、妥協点を見いだすべく関係改善が出来るように思う。これが逆なら、人間同士は分かり合える、だからこそとことん話し合おう、ということになるとこれは不可能に近い、と最近の我が国と中国との外交をみていて思う。民主党さん、もう少し根回しや下交渉が出来ないものでしょうかね、何事も。

秋の夜更けの徒然なる思いを書き綴ってみた。物思いに耽る季節になったのか、物思いに耽る心境になったのか。
10-10-3-2

昔よく聴いた音楽です。

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