院長のコラム

嬉しい!悲しい!祝、田校センバツ出場!(戦いを終えて)

何とか無事初回を乗り切った田辺は、その後アレヨアレヨの思いも寄らぬ展開に。点を取られたら取り返すいわゆるシーソーゲーム。田辺はエース頼み、一方の星稜は早めの継投策。一昔前なら交代直後は球が上ずって好機になることが多かったが、強豪校はさすが、2番手も3番手もマウンドさばきが落ち着いていてエースと遜色なかった。そんな星稜と互角に戦う田辺の一塁側アルプス席応援団の気勢は上がる一方、回を重ねるごとに「田辺が大将!」の音圧が増して行った。9回裏、2点差で1アウト・ランナー2、3塁、一打同点、場合によっては逆転サヨナラの状況。僕だけではなく誰もが同点、もっと言えば逆転勝利を願った。しかし、人生はそんなに甘くない、惜しくも4−2のまま敗れた。

甲子園での高校野球大会運営は計算されていた。「退場時はあちらからお願いします!」、9回になるとスタッフが案内し始め、試合終了とともに退場門へ。「惜しかったなぁ。」、「もうちょっとやったなぁ。」、「よう頑張ったわ。」、こんな声があちこちから聞こえてきた。試合には敗れたものの退場する応援団の表情は達成感に満ちていた。甲子園からバスまでの徒歩も疲労困憊した様子はなく、むしろ往きより意気揚々としていたように映った。校長を始めとした役員バスに乗り込んでくる面々にも敗北感はなく、言葉は多く交わさねど爽快感に満ちあふれていた。夕刻に田辺に到着し、我々家族はコンビニ弁当で済ませ早めに床についた。3月18日は、長いようであっという間の夢のような一日になった。

長く続いた「嬉しい!悲しい!祝、田校センバツ出場!」もいよいよ最終章。とても印象に残ったエピソードを最後に二つ。翌3月19日、ネットやYouTubeで「21世紀枠田辺、善戦!」のニュースが流れた。もっと驚いたのは、田辺の応援団について。「圧が凄い」、「慶応並み」、「さすが伝統校」、「地元に愛されているのがよく分かる!」などなど応援団に対する好意的な評価の数々。現場にいる我々はそんなこと露知らず、ひたすら声を大に合唱し応援しているだけなのに。さらにはこの応援が、センバツ高校野球「応援団賞」優秀賞に選ばれることに(最優秀賞は、初出場ながら人文字に果敢にチャレンジした同じ県下の耐久高校)。これも翌日、野球部監督がクリニックにわざわざ表敬訪問してくれた。「監督、大敗すると思っていたのによく頑張りましたよね。」と僕、「僕もよく頑張ったと思います。応援が後押ししてくれたと思います。ベンチにいても(応援団の声援が)よく聞こえてましたから。」と監督。この言葉に何だか泣けてきた。

この院長コラムは、あくまでも僕の生前日記で日々の由無し事を語る心情日記でもある。独立して17年、まさか母校の同窓会長を拝命して、しかも甲子園出場実行委員会会長になるなんて夢にも思わなかった。年輪という言葉がある。年齢を経ることは一歩一歩死に近づくことであり悲しいことだけれども、一方この歳になって経験出来ることも多くなったような気がする。40代では今回のような役職に起用されることはなく、例え起用されたとしても力不足であることは火を見るより明らか。今まで経験できなかったことが体験出来るなんて、歳を重ねることは何と素晴らしいことか。齢は還暦手前だが、こころの中はまだまだ19のままだ。

僕の拙文より、こちらを。https://number.bunshun.jp/articles/-/860989
画像はそちらから拝借したものです。

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