初めての親孝行~親子のつながり~
初めての着物
帯は男物に仕立て直し、龍の柄を添えました。
こだわりの一部です。
「親孝行、したい時に親はなし」、まさにその通りである。もう僕の両親はこの世にいない。出来る事と言えば、親にしてもらったことを子供達にすること、妻の両親が喜ぶことをすること、と思っていた。それがひょんなことから、思わぬ展開になった。
父親が亡くなった時、本来は家督を継ぐはずの長男が様々な事情により田辺市を離れて武者修行に出ることになった。その際、母親の遺品である着物の入った衣装ケースをいくつか譲り受けた。我が家は、衣食住のうち衣と住に関しては並々ならぬこだわりがある。着道楽ではあるが相当偏狭変質なヨウジヤマモト教の信者なので、クローゼットはヨウジヤマモトオンリーである。そんなクローゼットの片隅に、譲り受けた衣装ケースを置いていた、というか置く場所がないから目立たぬところに追いやっていたというのが正直なところである。いつか、中に何が入っているのか確認したいなと思いつつ、邪魔なので処分しようかとも考えていた。
そんなある日、知り合いから呉服店の社長さんを紹介された。紹介されたと言っても突然、「(我が家の)近くで飲んでいるのでよろしければどうですか。」程度の誘いの電話であった。誘われれば原則断らないのがモットーであり、着物にも何となく興味があったので二つ返事で馳せ参じた。今思うとその出会いかたが良かったのかもしれない。日中の仕事モードではなく、もちろんかしこまった場でもなく、すでにお酒を飲んでいるから互いにいい気分である。以前から着物の価格設定に対して疑問を持っていたので、昼日向なら聞けない事をここぞとばかりに社長に質問した。質問に対して懇切丁寧に答えてくれた。何よりも話仕方、話す仕草、全体からにじみ出るオーラが紳士だった。話す中で、先ずはその譲り受けた着物を一度見させてください、いいものが残っているようならそれを仕立て直ししたらどうですか、という提案をしてくれた。
後日店長さんがわざわざ自宅まで来てくれた。20年以上封印されていた衣装ケースがようやく日の目を見る事になった。ひょっとしてあの母親が遺してくれたものだからお宝が出てくるかも、と淡い期待を抱いたが案の定物事はそんなにうまくはいかない。ほとんどが帯で、残っている着物も端的に言えば二束三文だったようである。その中になぜか男物の長襦袢があった。父が着物?という疑念を持つ一方、これも何かの縁とふとひらめき着物を作る事を決意した。もちろん父の長襦袢を使用し、母の帯は男物に仕立て直すことになった。遊び心のある社長で、直した帯に龍の柄をいれることを提案してくれた。決意したのが真夏の暑い時期だったので、急がず慌てず納得いくまで思案した上、黄八丈の着物とゴールデンムガの羽織を発注することにした。出来たのが年の瀬ぎりぎりで、このため初披露が1月2日の中学校の同窓会になった。
同窓会当日、17時集合の約1時間前から着始めた。案外着るのは難しくなく、一番難しかったのは帯の結びと位置決めだった。着物用の下着を着て、父の形見の長襦袢を身につけ、自分が見立て仕立てた着物を着る。最後に母の形見の帯で締める。両親に温かく包まれているような、急ごうとする自分を父が支え母が手綱を引いているような、時空を超えて両親に触れたような、何とも言えない不思議な感覚を感じた。と同時に、何十年も埋もれていた両親の遺物に陽の光を当てる事ができ、少しは親孝行が出来たかなと思えた。
前々回の何気なく撮った写真に、長嶋家の歴史、個人的な思い出や想いがたくさん詰まっている事を理解していただければ幸いです。
ゴールデンムガの羽織の裏側です。
赤の生地に風神の紋様。
見えないところにこだわるのが着物の流儀だそうです。