シアワセの形
2011年を振り返って
シアワセノカタチで検索した画像から拝借。
人にも、犬にもそれぞれシアワセがあるのでしょうね。
ホームページを立ち上げて以降年の瀬に、その年を総括し次年度の目標をコラムに書いてきた。しかし、昨年度は色々なことがあり過ぎてまとめられず、しかも、経営的にもいよいよ分岐点に立った。自分自身の、そして経営者としての人生にも忘れる事の出来ない2011年を深く脳裏に刻み付けるとともに、何が幸せなのか、少しだけ改めて考えてみた。
昨年、千年に一度と言われる規模の大震災が東日本、特に東北地方を中心に起きた。大規模な東南海地震が起こると言われて久しい当地にとっては人ごとの話ではない。平地の少ないリアス式海岸線が続く和歌山南部は、大規模な東南海地震が起これば東日本と同程度の被害に遭うことは想像に難くない。
大災害ということでは、台風12号による紀南地方への影響も甚大ではなかった。ごく身近な人から伝え聞いた話では、地域によってはテレビで見た東北地方の震災後の映像と同様の光景が繰り広げられていたそうである。我々人間は、自然の猛威の前ではちっぽけな存在であることを嫌が応にも知らされた。
一方福島では、放射能という眼に見えない、人災によってもたらされた恐怖に曝され続けている。僕が中高校生の頃、車で45分ほど南に位置する日置川町(現白浜町)に原発誘致の話があった。なぜ話が立ち消えになったのか詳細は分からない、今となっては誘致を断固反対した人達の大英断に感謝したい。しかし、もし日置川町に原発が誘致されていたら、そこに大規模な東南海地震が起こったらと考えると、福島の問題も人ごとではなかったはずである。僕が住む田辺市は20Km圏内なので、自分がやっとの思いで造った自宅もクリニックも手放さざるを得なくなるだろう。
このように考えると、何不自由なく制限されることなく生活出来るのは単なる偶然、幸運に過ぎないことが分かる。THE虎舞竜の「ロード」の一節「何でもないような事が 幸せだったと思う」が妙に胸に染みてくる。昨年、仕事面では様々トラブル、困難に見舞われたが、命があって健康であれば、どうにかこうにかひるむことなく乗り越えられた。家族に大禍がなかったことも精神衛生上良かった。
友人である不動産会社の専務は、昨年一時期、子供達の教育のために家族と別居せざるを得なくなった。一人暮らしになった彼は、しみじみと僕に語った。「誰もいない家に帰ってきてはカーテンを締め、出かける時にカーテンを開けることが何てむなしいことか。部屋も一つしか使わないので、一人で暮らす一軒家が何と寂しいことか。家族がいる当たり前の生活がいかに大事か良く分かりましたよ。大きい家なんて要りません。」と。
知り合いの観光バス会社の若社長はブログで語っていた。経営セミナーに行って、売り上げ◯億円の会社社長の講演を聴いたけれども、ちっとも羨ましいとは思わなかった。それよりも、好きな人と美味しいものを一緒に食べること、これが一番の幸せだと。
日頃当たり前と思っていることが、いかに幸せなことかを痛感させられた1年であった。
と、神妙に考えていてふと思った。うちのスタッフは、年末にクリスマスケーキ、ボーナス(3ヶ月以上)、おせち料理をもらうのが当たり前だと思っているのだろうか・・・。