「雲の階段」のその先
衝撃的な結末
時々患者さんから「先生の先生は、素晴らしい人だった。」「本当に惜しい人を早くに亡くしたね。」と言われる。自身、本当にそう思っているし父は僕の誇りである。けれども、もし今生きていたらどうなっていたであろう。今の僕はあっただろうか。何度かこのコラムで取り上げたドラマ「雲の階段」が終了した。最終回の最後の結末は衝撃的であった。当初何が起こったのか理解できず、ドラマが終わってしばらく呆然自失状態が続いた。早く眠らなければならない時間帯なのに、混乱と動揺と不安でどんどん目が冴えていく。自身を納得させるため、見終えたばかりのドラマの録画を見直した。特に終了間際の五分間を何度も見直した。「こんな結末でいいのだろうか、これなら明子さん(主人公を支え続けた人)が報われない。」「嘘をつき続けた三郎(主人公)が、ようやく偽ることから解放され、新しい人生を歩み始めた矢先にこの結末。ああ、何たる仕打ち。」どう評価していいのか分からないまま寝床についたが、ほとんど眠れなかった。その翌日も心にぽっかり穴があいたまま、腑抜け状態が続いた。
「雲の階段」と検索してヒットしたテレビガイドや番組ホームページの掲示板を見ても、今回の結末は賛否両論のようである。その解釈の仕方も十人十色であった。不動産会社専務とのたった二人の雲の階段を語る会でも意見は異なった。専務の見解は、三郎は生きながらえて外国で医者を続けたか、もしくは、その息子が外国で医者をしているのが最後のシーンだと。一日考えた僕の見解は、全く異なった。主人公は元上司である田坂医師にメスで脾臓をひと突き、出血死の間際に見た南国のシーンが、雲の階段を駆け上った三郎の理想の世界だと。 ドラマに「もし?たら?」はないが、もし、自分が希望したように三郎と明子が結ばれるハッピーエンドで終わっていたなら、その後どうなっていただろう。ニセ医者になることを支えた明子、ニセ医者という禁断の果実を一度は手に入れた三郎、二人にさらなる悲劇が訪れることは想像に難くない。 父が今生きていたらどうなっていただろう。長嶋雄一という人間を微に入り細に入り全面に押し出したクリニックは出来ていただろうか、父から影響を受け学んで習得した内視鏡技術を全面に押し出せるクリニックが設立出来たであろうか。悲しいかな父の早い死が、僕を今の僕たらしめている。 |
今週から、何を楽しみに生きていこう。 生きがいを一つ失くしました。 |