STAP細胞と聞いて思い出したこと。
ある人を思い出す
捏造の捏は捏(こ)ねると訓読みする。したがって、捏造とは「こねて形を造る」が本来の意味だが、「形だけの偽物を造る」に転じて、さらに「無から有を生じる」という意味で用いられるようになったそうである。
小保方さんが発表した論文に対して、所属する理化学研究所が「改ざん」「捏造」と断じた。改ざんや不正があったことに関しては議論の余地がないと考えるが、捏造と報告するからには「無から有を生じる」即ち「STAP細胞は存在しない」と言っているに等しいと感じたのは僕だけだろうか。それでいて、「STAP細胞が存在するかどうか分からない、これから時間をかけてSTAP細胞の存在の有無を明らかにしていく。」そうだが、作成者である小保方さんを詐欺師呼ばわりしておいて、彼女の協力なしにどうやって調査していくのだろう。
僕は元研究者の端くれだが、研究者としてはペーパードライバーに過ぎないので、理研や小保方さんのことを論じることは言語道断である。今回はSTAP細胞のことを書くのではなく、そのニュースを聞いて思い出した人のことを書こうと思う。
その人は、この地方出身の現役の医学部教授である。その人は、まさにゴボウ抜き、大抜擢という言葉が相応しい若さで教授になった。そのニュースを聞いた時、僕は後輩として誇らしく思ったのを覚えている。
ちょうど彼が教授に就任した時期、研修医制度改革により全国の大学病院で地方への医師派遣撤退が顕在化した頃であった。当時、当地の二大基幹病院には、彼の医局から其々医師が派遣されていた。ご多分にもれず一本化することになり、僕は撤退される側の病院に所属していた。一本化される側の病院への移動を希望していたが、スタッフが充実しているので困難との返事だった。それどころか、専門医として着々と臨床キャリアを積み重ねてきた僕に彼は、「医局の関係上、地方の病院へ(さらに南へ)一医師として赴任してくれないか。私の願いを聞いてくれるなら帰省ごとに君を歓待するよ。」という趣旨のメールをよこした。地方とはいえ国立病院の医長を勤めていた僕に平医師に、単身赴任を終えて終の棲家を構えたばかりの僕にもう一度単身赴任を、こちらの都合を全く鑑みない冷徹な対応に強い憤りを感じた。彼に傲岸不遜さを感じるとともに、尊敬する気持ちは失せた。数多の困難が予想されたが、一人医師一人医長の道を選択した。
一昔前なら医局破門は即ち、開業するか一匹狼として私立病院の職を自分で探すしか方法がなかった。しかし、研修医制度の改革は即ち医局制度の瓦解をも意味していた。今や、医局に所属しなくても公的病院に勤務できるようになった。彼の医局から距離を置いても、メリットもなければ何らデメリットもなかった。
そんなある日の朝、出勤前にNHKニュースを見ていたら、彼の教室から出された論文に捏造があったことが大々的に報じられた。「さもありなん」、彼の尊大な応対を知っていた僕は、そう心のなかでつぶやいた。