院長のコラム

『41歳の地図』 PART3

2008.05.9

『生まれ変わるならファッションデザイナー?建築家?』 
山本耀司と安藤忠雄、私が尊敬する二人である。前者は、「黒の衝撃」と表現されるインパクトをパリコレに与え、今も第一線で活躍している日本を代表するファッションデザイナーである。皆から奇抜、奇妙と評される私の服はヨウジヤマモトである。後者は、「コンクリート打ち放し」が特徴的な誰もが知る世界的建築家である。憧れのあまり、北海道トマムにある「水の教会」で結婚式を挙げた。大学生の多感な時期にちょうどDCブランドブームを迎えた私にとって、モダンとは黒でありコンクリート打ち放しになってしまった。
こんな私にとって、開業における建物の役割は大変重要であった。その設計管理を建築家の千葉学氏(現東京大学大学院准教授)にお願いすることになった。千葉さんと出会ったのは約8年前で、東大の助手をしていた頃だったと思う。父親が病に倒れて帰郷した際、終の住処を考えていたところ、雑誌「ブルータス」の確か、次の世代の大御所建築家、といった特集に、独立前の千葉さんがパートナーとともに取り上げられていた。紹介欄にヨウジヤマモトを着る、と書いていたところにピンと来た。生活の基本である衣食住の衣で共通の認識を持っていれば、住にもいかされるのではないか、と直感したのである。安藤さんも考えたが、その当時既に大御所であり、私自身の私だけの住まいが安藤作品の一つになって埋もれるのではないか、美術作品になってしまうのではないかという懸念があり断念した。千葉さんと出会ってから何年かのブランクがあって、自宅を千葉さんに念願通りコンクリート打ち放しで作ってもらった。
この時、千葉さんの実力や鋭い感性はもちろん、人となりや事務所スタッフの熱意に感銘を受け、クリニックもお願いする事になった。千葉さんはクリニックや病院建築の経験がなかったが、自身や身内のことで診療所・病院は身近な存在であり、身近な存在故に建築家としてそのあり方に疑問を抱いていることを話し合ったことがあった。建築家に要望したことは「自分自身が行きたくなるクリニック」であった。診療所は、患者、職員の動線が重要視されるため制限制約が多いのだが、千葉さんはシンプルかつ美しく、見事なまでに機能的に仕上げてくれた。(今回の仕事は、「新建築」2007年7月号に対談とともに紹介いただいた。ちなみに、この号では和歌山市の稲田病院さんも取り上げられています。)クリニックにいながら、周りの風景はもちろん、光、風、雲の流れを常時感じていられる快適な空間、そこに流れている曲は「ピアノジャズ」だったり「ボサノバ」だったり、置かれている雑誌は自分の読みたいものだけ、置かれている家具は自分が気に入ったものだけ、クリニックというある意味公共施設が、恥ずかしいくらい私的なものになってしまった。この点は賛否両論あろうかと思うが、自分自身やスタッフが快適に気持ちよく働ける環境になっていること、患者アンケートでは多くの方に病院らしさがないことが評価されている点で、病院建築に一石を投じることが出来たのではないかと自負している。

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