投資のすすめ
年始から年末を振り返る
平成27年が始まった。仕事初めの1週間は、昨年末の慌ただしさが嘘のように落ち着いている。忙しすぎるのも考えものだが時間を持て余すのはさらに考えもので、落ち着かず手持ち無沙汰な年始となった。
時間があるなら今年1年の抱負を考えればいいのだろうが、もう少しだけ26年を振り返りたい。というのも、昨年は新たなる第一歩を踏み出したからだ。
昨年から水泳を習い始めてバタフライまで出来るようになったことを以前コラムに書いた。他愛ないことだが、僕にとっては革新的な出来事であった。習う前、バタフライでは絶対に泳げないと確信していた。けれどもいつの間にか、一番好きな泳法になってしまった。食わず嫌い、先入観、物怖じ、固定観念が如何に自分の世界を狭めていたか、身に染みて理解した。これを機に、自分の中のわだかまりを取っ払ってみようと思った。そう感じたもう一つの理由は、日本を覆っていた閉塞感に晴れ間が見えてきたからである。
我が家の家訓と言う程でもないが、夫婦の暗黙の了解の一つに「株式投資は絶対にしない」があった。このコラムは、自分の人生日記であり子供達への生前遺言である。いつか、なぜそうなったのかを語らなければならないと考えている。
恥ずかしい話だが十五年ほど前、株式投資で桁違いの失敗をしてしまった。それに加えて投資信託にも手を染めていたので、以来、毎月投資信託を積み立てていかざるを得なくなった。その頃、ITバブルがはじけていたので、基準価格が見る見るうちに下がっていった。銀行への定期積立貯金なら目減りすることはないが、最初にある程度の金額で購入していたので、平均取得コストを下げるため大幅に目減りすることが分かっていても積立て続けなければならなかった。民主党政権時、日経平均が七千円台になった時には、購入金額の三分の一程度まで目減りしてしまった。
ところが、約二年前の自民党安倍政権の誕生で状況は一変した。昨年初夏、今まで一顧だにしなかった投資状況を見たらびっくりした。長年にわたる損が解消しているどころか、想像していた以上の益が生じていた。民主党政権の崩壊により、失われた十年がさらに二十年になり出口の見えない迷宮にはまりこんでいた日本に一筋の光明を見出したのは僕だけだろうか。日本国の復活を投資から実感するとともに、「失敗は成功のもと」自分自身の大失敗に対してリベンジを果たす最大のチャンス到来を意識した。前回の失敗の教訓を糧に、先ずは中長期的な株式投資を、自分の小遣いの範囲で再開した。
再開して半年、やはり株式投資は難しいと実感している。秋頃までは順調に含み益を増したが、十月半ばの日経平均の急激な下降で考えられないほどの含み損を抱えてしまった。結局、この半年の収益はわずかながらのプラスになった。わずかの収益だったが、学んだことは数多かった。自身のお金に対する執着心を再認識するとともに、揺るぎない自制心の必要性を実感した。
語りつきないが、自身の経験で確かに言えることは一つ、余裕資金を長期に積み立てるなら内外関わらず投資信託を今なら自身を持って勧められる。