院長のコラム

悲願の初勝利

2015.07.26

悔しい二回戦

三塁側スタンドは、在校生、保護者、教職員で一塁側スタンドよりたくさんの人で埋めつくされていた。高校野球初観戦の我々には、目の前で行われるすべての出来事が新鮮だった。特に、試合前の応援団によるエール交換が印象的だった。球場のボルテージが徐々に上がるのと反比例して、夫婦の緊張と不安は高まるばかりである。試合前のシートノックで、次男の制球が明らかに上ずっているのが目に取れたからである。

前の試合がコールドゲームになったため、予定開始時刻前に試合が始まった。海陽優位に試合が進んで行ったが、一進一退の攻防に違いなかった。五回時点で3-0とリードしていたが、六回には二点を返され一点差に詰め寄られた。息子が投げた球をカキーンと打ち返される度に、僕の心臓がキーンと痛んだ。
ハラハラ・ドキドキが続いたが、相手投手が交代した六回から明らかに流れが変わった。エースナンバーを背負っていたが途中交代の緊張からだろうか、制球が定まらない。七回裏に四点を奪いリードを広げ、八回にもその勢いが続いた。
試合終了はあっけなかった。走者が二点目のホームを踏んだ瞬間、ガッツポーズをする選手、ベンチに駆け込んでいく選手、飛び跳ねる選手、一瞬何が起こっているのか分からなかった。球場のスピーカーが海陽のコールド勝ちを告げてようやく理解できた。三塁側スタンドは、しばし騒然とした後大歓声が沸き起こった。2006年の創部以来、待ちに待った悲願の初勝利である。在校生と職員が一斉に三塁側バックネット裏に集まり肩を組み、選手とともに校歌を声高らかに歌った。我々夫婦は、初の高校野球観戦で貴重な瞬間に立ち会うことができた。試合に勝った嬉しさよりも、事無く試合が終了したことに安堵を覚えるだけであった。

二回戦は七月二十日、同じ阿久比球場で行われた。もちろん、愛知に二週続けて車を走らせることにした。一回戦と大きく異なり、シートノックの時点で力の差が歴然としていた。各ポジション二人ずつでノックを受け、控え投手も二人が投げていた。そつなくなされるシートノック同様、応援団による手慣れた声援は、相手チームの総合力を存分に示すものであった。
案の定、一回表にいきなり四点を先制された。打線も、コントロールのいい左腕に封じ込められた。ほぼワンサイドゲームだったが、息子は打たれても打たれても、めげること無く淡々と投げ続けた。バックの守りもあり、その後どうにかこうにか失点せずに持ちこたえた。自分の実力よりも格上の相手に挑み続けなければならない息子の心境を考えると、頑張れの言葉がこんなに空虚に思えたことはない。ただ、目の前に起こる光景や息子の一挙手一投足に一喜一憂するだけだった。妻も沈痛な面持ちであった。初回の四失点が悔やまれるくらい相手チームに食らいついたが、八回に五点を奪われコールド負けになった。
試合終了後、「長嶋君、よく頑張ったよ。」「息子さんにねぎらいの言葉をかけてあげてくださいね。」何人かの海陽保護者の方から大変光栄なお言葉をいただいた。妻からも「何か声をかけてあげてから帰りましょうよ。」と言われた。けれども、負けん気が強い次男のことである。自身の実力の無さ、情けなさ、恥ずかしさ、敗けた悔しさを誰よりも感じているのは本人である。彼の気持ちを思うと、「頑張ったね。」なんてとても言えなかった。かける言葉を何も考えず一塁ベンチ横の球場出入口で待っていると、目を真っ赤に腫らした次男が出てきた。いつもなら目配せをするだけなのだが、珍しく軽く脱帽して会釈をしてくれた。息子に駆け寄ったが何も言葉が出てこなかった。胸が苦しくて、ただ握手を求めただけであった。そして、さよならの手振りをして球場を後にした。

この夏、僕にとって、三番ピッチャーは長嶋になった。高校野球初観戦に、野球部悲願の初勝利という貴重な経験を息子にプレゼントしてもらった。成人しても親孝行出来なかった僕が、高校生の息子に最早してもらうなんて何という因果か。それとともに、次男を支えてくれた野球部員一同、指導していただいた先生、コーチ、フロアマスターに野球部OB、陰日向に部員を支えていただいた野球部員保護者の皆様にはこの場を借りて御礼を申し上げたい。「皆様、この度は本当に本当に有難うございました。」
今年の夏は、人生で一番短い夏になるかもしれない。

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