ヤケッローライ!
ロックンロールナイト!
今回、佐野さんの三十五周年コンサートに参加して年甲斐もなく感傷的になった。自分の歩みを重ねたこともあるが、もう一つ大きな理由があった。あの曲を聞きながら、ある出来事をふと思い出した。
北海道の岩内協会病院に勤務していた頃なので、もう十九年も前になる。その頃、ゴルフIIIカブリオがマイカーだった。CDデッキの中には、佐野さんの名アルバム「SOMEDAY」がいつも入っていた。まだ一歳に満たない長男をチャイルドシートに乗せてドライブしていた時のことである。アルバムの中に「ロックンロールナイト」という叙事詩的な長編の曲がある。ある日、その曲のサビになると不思議な音がするのに気付いた。「何か変な音せえへん?何やろ?」妻と顔を見合わせて音量を下げてみたところ、ロックンロールナイトという歌詞の一節に合わせて、喃語を発し始めた長男が「ヤケッローライ! 」と連呼しているのだ。「いい曲は子供でも分かるんやなあ。」、思わず微笑んでしまった。
チャイルドシートに座らされアトピー性皮膚炎の酷かった長男も、今年二十歳の成人式を無事迎えた。今回のコンサートではしっかりと「ロックンロールナイト!」と叫んでいた。その長男が、あろうことか父と同じ医学の道を志すことになった。
信じてもらえないかもしれないが、息子達に「医者になれ!」と言ったことがない。その証左に、クリニックには自分自身の名を冠した。税制上有利であることは分かっているが、医療法人化を回避してきた。有形無形、直接間接的な圧力を息子達にかけたくなかった。僕自身は二代目だが、新規開業を経験したので一・五代目になる。父が経験してきた開業することの苦労、経営していくことの苦悩を身に染みて理解できた。こんな苦労はさせたくない、両親に気兼ねなく自分自身が選択した道を歩んで欲しいと願っていた。また、「医師は、その職業の意義と役割を認識した者がなるべし。」と考えているので、医師の世襲制には否定的に考えている。高校時代の成績がいいから、社会的地位が高いから、給料が高く安定しているから、そんなちっぽけな理由でなるべき職業ではない。とは言え、長男が自由意志で選択したことは否定出来ない。茨の道を歩んで行くことを伝え続けなければならない。
浪人していることは周知の事実だったので、友人たちは我が子のことのように合格を喜んでくれた。「やっぱり親の背中を見ていたんですね。」と声をかけてくれるのだが、「あのね、僕の背中、白髪交じりのロン毛(長髪)を見て医者になりたいと思うわけないでしょ。おそらく、反面教師にしているのでは。」と応えている。同じ道を歩むことになったとは言え、心底、自分のようになって欲しくないと願っている。むしろ、佐野さんを手本としてもらえれば幸甚である。
色々な思いが交錯した佐野元春さんの三十五周年コンサートだった。次回の記念コンサートは、いよいよ東京オリンピックの時である。次回のコンサートでは何を思うのだろうか。そもそも生きていられるのだろうか、少し不安が過る今日此の頃である。