院長のコラム

バイバイ、マッハ号(前編)

今夏、マッハ号ことホンダのNSXを売却することにした。約三十年も前、「いつか自分の力でNSXを購入してやる。」そう心に誓った。けれども、そのNSXは改悪としか思えないマイナーチェンジを続け、2006年には一旦生産終了となった。時を同じくして、栄華を誇ったホンダのF1活動も不振を極めていた。憧れや決意も何処へやら、いつしかNSXに対する思い入れは忘却の彼方に消え去っていた。2012年頃から二代目NSXのコンセプトカーが発表されていたが、市販化は遅々として進まないでいた。四年の時を経てようやく、価格も含めて二代目の販売が米国で正式に発表された。当時二十代半ばだった僕も、開業して十年ちょうど五十歳を迎えていた。それは即ち、亡くなった母親よりも長く生きながらえることになってしまった。様々な思いが交錯する中で、「いつかはNSXを」、すっかり忘れ去られていた言葉が突如として蘇ってきた。2016年夏、一念発起し契約を交わし、その一年後の秋にマッハ号が納車された。

あれから二年弱、果たしてNSXはどんな車だったのだろうか、赤裸々に述べてみたいと思う。以前もこのコラムで書いたように、動と静、和と洋、従順と頑固、日常と非日常、相異なる二面性を兼ね備えた最新の車であったとことに間違いない。フェラーリが最近発表したSF90ストラダーレのメカニズムは、NSXに類似していることからその先進性が初代同様分かるというものである。乗っていても、「あっ、NSXや!」熱く温かい視線を浴びた。そんなことは理解していたはずなのだが、その優しい視線もいつも送られるといつしか億劫になっていった。車高が低く段差に気をつけなければ底をする、駐車場に停めようにも隣の車からのドアパンチを避けるため隅に置く等、たかが車に乗るだけなのに相当気を使った。根が貧乏性なので雨の日には運転しなかった。車を所有することの喜びが、何時しか不安や憂鬱に変わっていった。なので、NSXとの思い出は全くと言っていいほどない。使用したのは、通勤とディーラー点検、ちょっとした街乗りだけと言っても過言ではない。

残念ながら旅の思い出もほとんどない。エンジンルームの後ろにトランクが存在するため、荷物を入れていると相当な熱に曝されてしまう。食べ物は論外、化粧品等カバンの中身には気を使った。そもそもトランク自体も狭く、一泊二日程度のボストンバッグが二個入るかどうかである。ナビも使えなかった。一度思い立って大阪にNSXで行くことにした。目的地のインターチェンジを降りた途端、「目的地に到着しました。音声案内を終了します。」と来て唖然とした。「たまたま調子が悪かっただけ。」と後日改めて同じ目的地を設定したところ、今度は阪神高速環状線の片側六車線のど真ん中で、「目的地に到着しました。音声案内を終了します。」と間抜けな音声が響いた。茫然自失する他なかった。「二度と使うか!!」、低く幅広くただでさえ取り回しの悪い車なのに、ナビまで使えないとなると見知らぬ土地には行けない。使用範囲が限られるトランクに狂ったとしか言いようのないナビ、車を買ったにも関わらず県外旅行が出来なかった唯一の車、それがNSXであった。

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