iPhone 11 Pro Maxと僕
iPhone 11 Pro Maxが発売と同時に我が家に到着した。僕の携帯電話は、大手携帯キャリアから格安SIMに移行させていたので、データ等の移行はすべて自分でしなければならない。もともとが面倒くさがりやの性分なので出来れば人にお願いしたかった。しかし、依頼したい同居人が機器音痴の妻なので絶対に委ねられない。疑心暗鬼だったが、ネットで調べたら案外簡単で新旧の携帯電話を並べるだけだった。調べが不十分だったため、アプリのデータ、特にLINEのデータが大部分消失してしまった。その後も暗中模索、試行錯誤、悪戦苦闘、七転八倒、四苦八苦、通常通りに使えるようになるまで二日間を要した。
iPhone 11 Pro Maxにして何が良かったか。現時点ではあまり実感できていない。強いて言うなら、現時点では二つくらいか。ウルスに乗り込んで所定の場所に携帯電話を置けば、置くだけで充電が出来るようになった。もう一つは、ランボルギーニ、もっと言えばアウディ製の超○ソなナビを使わなくて済むようになった。というのは、先日京都に出かける機会があった。PCで前もって調べたら二時間半で到着予定。ウルスの未だもって使い方のよく分からないナビに、前夜、どうにかこうにか目的地を設定した。夜の十一時に出発しても目的地まで四時間以上の結果。当日朝も同様のため、妻の携帯のGoogle mapで並行してナビしてもらうはめになった。純正ナビの精度がどうも信頼ならない。以前からApple CarPlayの存在は知っていたが、長距離運転をする際はもっぱらレクサスを使っていたので移動に不便を感じたことがなかった。携帯の機種変更を機にウルスでApple CarPlayを試してみた。車に長距離乗る場合、音楽再生とナビが重要である。これらが携帯同様Siriを使って手軽にできるそうなのだが、自宅から神戸ポートピアホテルの往復をストレスフリーで過ごすことが出来た。
携帯電話なんてどうでも良いと感じていた僕が、iPhone 11 Pro Maxを購入しようと決意したのは長男の後押しがあったからだ。少し前、コンデジ(コンパクトデジタルカメラの略)を本気で買おうと思った時期があった。「日常生活の中でふと気になった風景を手軽に切り取れたら、今ある世界がもっと華やぐだろうな。ありふれた光景がもっと美しく感じ取れるかもしれない。」、漠然と考えた。ソニーRX100の旧型を購入一歩手前までいったが、購入のワンクリックが出来なかった。常時カメラを持ち歩いてスナップ写真を撮っている自分が想像できなかったからだ。今夏、長男が帰省した際、携帯電話の買い替えを何気なく相談したら、「今度のiPhoneは携帯電話の機能はあまり変わらんけれども、カメラとして考えたら僕は欲しいな。」という答えが帰ってきた。携帯とコンデジを二つ持ち歩く手間と物入りを考えれば、iPhone 11 Pro Max一台で兼用できる。「携帯にしては高いな。」と正直思ったが購入に踏み切った。
携帯電話は通話とLINE連絡できれば十分と考えていた。その携帯に十三万円以上出費したからには、元を取らなければならない。「猫に小判」「豚に真珠」と同じく「長嶋雄一にiPhone 11 Pro Max」になりそうだが、生活支援ツールとしてもっと活用できるようにと少し意気込んでいる。