院長のコラム

新たな門出、2021年を迎えて

僕が医師になったのは1991年、平成3年である。当時は、行く先々で諸先輩から「もう、平成卒業の医師かぁ。」と感慨を持って対応されたものだ。早く一人前になりたいと願ってからすでに三十年が経過した。若かりし頃の自分は現在の自分をどのように評価するだろうか、なりたい自分に成れただろうか、問いかけてみる。

振り返れば、長いようで短く感じている。けれども、「想像していたよりもゆっくりではあったが着実に軌跡を残せた三十年である。」と自分に言い聞かせる。かけがえのない人生、常に最良の選択が出来たわけではない。いつも、自分の信念を貫いて来たわけではない。寄り道をしながら、うまく行かないことも多々あった。自分の信念をそっとポケットに仕舞い込んでやり過ごしてきたこともあった。二つに一つの選択をしなければならない時、結果が読める時は好転する方を、分からない時は敢えて困難な方を選んだ。それでも判断が間違っていた時もあった。そんな時は受容し、決して怯むことなく半歩でも前に進むようにした。抽象的だが、そんな三十年だった。

僕は日頃、「石の上にも三年」のことわざの通り三年単位で物事を考えている。今年は、デイサービスおよび高齢者住宅の拡充、それに伴う介護事業の経営転換を実施する予定である。また、次の三年後に向けて新しい絵図を描かなければならない。十年単位で考えれば、起承転結という言葉があるように、僕の医師人生もいよいよ「結」の最終章に突入である。職業人として、どのようにしてリタイアを迎えるのか、次の世代へいかにバトンタッチするか、この二つが大きな課題となる。父の最晩年、病に伏したとはいえ、頑なに自説を曲げず、自分の価値観と成功体験を押し付けてくる様に衝撃を受けた。縁もゆかりもない地に内視鏡を持ち込んだ急進的な父、「俺は死ぬことは全く怖くない。」と言い切った達観した父、その父が自分の最期の幕引きに見せた振る舞いは決して格好のいいものではなかった。父を反面教師として、自分の引退の花道は自分で飾りたいものである。

明日のことを言えば鬼が笑ってしまう。大前提として、先ずは健康あってのことである。「今まで以上に健康維持および管理に努めなければならない!」と意義込みつつ、このコロナ禍である、どこにも行けなければ行く必要もない。また、年末から急に冷え込んだ。今年の年末年始は、見過ごしたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の再放送を見るのに終始し、食っちゃ寝の自堕落な生活になってしまった。医師人生三十周年の記念の年が始まろうとしている。少し躓いた感がある微妙なスタートになってしまった。

長嶋雄一クリニックお問い合わせ

診療科目(内科・消化器科・胃腸科)
診察週

月・火

木・金
奇数週
(第1・3・5週)
8:00 ~ 16:00 8:00 ~ 16:00 8:00 ~ 15:00
偶数週
(第2・4週)
8:00 ~ 12:00
休診日︓第1・3・5週水曜日、第2・4週土曜日/ 祝・日曜日