医療崩壊という名の情報操作の下で
「医療崩壊」、「医療逼迫」という四文字熟語が報道の場で無闇やたらと踊っている。重症の新型コロナウィルス感染症患者を受け入れている医療現場の状況は理解しているつもりだ。こう見えても研修医時代、ICUを少しだけかじったことがある。てんてこまい、てんやわんや、きりきり舞い、忙しく慌ただしい意味の形容詞を十個並べられるくらい緊急かつ緊張状態にあるのは想像に難くない。現場の医療従事者には頭が上がらない。とにかく、敬意と感謝を込めて、先ずは感染者数が減少傾向に転じることを祈るばかりである。
ところで、祈っている当の本人も医師なのだ。「医療崩壊」という言葉が叫ばれても危機感が全く無い。「どこの世界の話なの?」、どうしても違和感を抱かざるを得ない。二度目の緊急事態宣言が近畿地方で発出されて以降、一回目と同様、受診控えのため外来患者数及び検査件数は如実に減少している。日々経営は逼迫しているが、崩壊の兆しは見られない。逼迫しているのは何も開業医だけではない。飲食、観光、小売、運輸、ありとあらゆるサービス産業が大打撃を受けている。しかも、日本だけではなく世界中どこの国も同様の出来事が起こっている。神の思し召しと受け入れるほかない。もし、医療崩壊が現実なら、僕自身もスタッフも元気で暇を持て余しているので、支援要請があるなら猫の手になりたい。可能な範囲でお役に立ちたい、医療従事者として国難に立ち向かいたい。けれども、医師会に入っていないためなのか、医者も五十を過ぎたら役立たずなのか、もしくは開業医は無用の長物とみなされているのだろうか、何れにしても、医師会長自ら「医療崩壊」を叫ぶ医師会からも、関係する行政からも全く声がかからない。
新型コロナ感染症が喫緊の事態であることに違いない。国民に警鐘を鳴らし、注意喚起する状況にあることは疑う余地はない。しかし、「医療崩壊」などと言う我が国の医療が今にも立ち行かなくなってしまうかのようなセンセーショナルな言葉を用いて、国民を不安に陥れるのは情報操作以外の何物でもない。簡潔な言葉によるレッテル貼り、政権が如何にも無策であるかのような一方的な報道、対案や他の選択肢を提示しない無責任さ。あれだけマスコミや野党が騒いだ森友・加計学園問題に通じるものを感じるのは僕だけだろうか。野党的もしくは左翼的な臭いをプンプンと感じずにはいられない。このような印象操作の先には何があるのだろう。
テレビの向こう側では「医療崩壊」が叫ばれている。テレビのこちら側には、何も出来ずに晩酌しながら忸怩たる思いで見つめるヤブ医者の僕がいる。ネットニュースを見ても、新型コロナウィルス関連のものは悲観的で主観的かつ印象的ものが多い。確かに、新型コロナウィルス感染症はインフルエンザウィルスと異なり少しややこしい。けれども、例年、関連死も含めて一万人近い方が亡くなるインフルエンザと比較してみれば分かることである。もう少し、客観的で冷静的な報道をして欲しいと願う地方医の僕がいる。医師会長が「国民は緊張感が足らん!このままなら医療崩壊から医療壊滅になる!」と叫ぶ。「そんなことを喋るのなら、先ずは隗より始めよ、会員が一致団結してコロナ禍にあたれるよう結束を促せ!」、元医師会員の僕は毒づく。コロナ禍の最果てにいる役立たずの医者の独り言と聞き流して欲しい。