評論家気取り(三浦瑠麗という人)
三浦瑠麗氏のことはよく知らない。東京大学大学院出身の才女で政治学者、何かとお騒がせなテレビコメンテーターくらいの認識。テレビ番組に出ている実際の彼女を見たことがなく、三浦氏の思想や言論はつゆ知らず。しかし、ネットニュースを見ていると興味がなくても、その言動に賛否両論あること、政治家やマスコミに重宝されている人材くらいの情報は得られる。何よりも印象的だったのは、自身のSNS上でのセレブ生活。着る服はハイブランド、移動は運転手付きの高級外車。多忙な日々でもランチには必ずシャンパン、週末には家族で別荘生活。その夫も東京大学出身の会社社長。一見、誰もが憧れ羨むまばゆい世界に生きていた。しかし、夫が業務上横領容疑で逮捕されてから潮目が変わった。セレブアピールへの反動かバッシングの雨あられ状態に。今ではテレビ出演もないようだ。
曲がりなりにも学位(博士号)を取得した僕から見れば、学者を名乗るならそれなりの経歴や肩書は必須。大学院を卒業したら教育機関もしくは研究所に所属して論文を発表し、業績に応じて助教、講師、准教授、教授とステップアップしていくのが一般的な学者の生き方。確かに彼女には、委員、研究員、民間議員、特任教授等の多数の肩書はある。しかし、核となる役職名がないのだ。裏を返せば、数多あるポジションは名前だけということになる。なぜ、そんな彼女が国際政治学者として、論客として、コメンテーターとして持ち上げられたのか、誰か僕に教えて欲しい。中身がなく思いつきだけ、ここぞという時にはしゃしゃり出て状況が不利になれば頬かむり。八方美人でご都合主義。女性でなければとっくに政界から追放されていたに違いない某東京都知事とどこか同じ匂い(臭い)を感じるのは僕だけだろうか。
話が随分とそれた。ということで、評論家気取りも自称評論家も疑ってかかればいい、胡散臭いと思っていれば間違いない。自分の経験上、気取りや自称を見抜くには、本業が地に足がついているかどうか、本業でしっかり儲けているかどうかだ。どんな職業かよく分からないのに妙に羽振りがいい、本業があやふやなのにあれこれ手を広げる経営者にエセが多い。自信のある人間は、これ見よがしの立ち振舞いはしない。語る言葉の一つ一つに重みと説得力があり、常に言動が一致している。服装、持ち物や身につけているモノが板についている。会話でも独りよがりではなく、その場の雰囲気を読んで人を楽しませることに留意している。そもそも、食欲もそうだが、欲のつくものを人前で自慢する人は、三浦瑠麗氏同様、度が過ぎると承認欲求の強さを感じ辟易する。羨望を通り越して怪訝さを感じる。これがもし性欲ならどうだろう。自分の性癖を公の場で話すなんて言語道断、人間性が疑われるというものだ。
「足るを知る」、「身の程をわきまえる」、「日々感謝」、この意識を持つように心がけていると人の目を気にすることが随分なくなった。とともに、見栄を張らなくなれば、空威張りするパチもんも見分けられるようになった。ところで、皆さんの周りに偽善者はいませんか?