院長のコラム

海陽学園を通して考えたこと(1)~親子関係~

2010.08.29

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「小さな子供を遠くへ行かせて寂しくないですか。」、とよく聞かれる。寂しくない、といえば嘘になるが、「かわいい子には旅をさせろ」、子供の自立のためにはいた仕方がない。もちろん、子供たちを無理矢理に入学させた訳ではない。子供たちが適応できるかどうか、入学したいと思うか、夏休みの体験入学に参加させてみたところ、導いたとはいえ「この学校に入りたい。」、自らの意志で最終決断を下した。

海陽非難の中で退学者の数が多いことが挙げられる。自分が思うに、親がよかれと思って子供を半ば強引に入れたが、海陽学園の特徴である寮生活になじめなかった、という事例もあるのでは。他の中高一貫の進学校同様、海陽学園も通常6年で終えるカリキュラムを4年で終えるため、授業についていけなくなることもあるだろう。この場合、全寮制なので塾に通わせたり、保護者自身による直接的なサポートが困難なため退学せざるを得ない状況になるかもしれない。しかし、退学者が有意に多いという根拠は何もない。
この前の「エチカの鏡」では、いい面ばかりが取り上げられていて負の側面が取り上げられていない、という意見もある。全く持ってごもっともな意見である。それなら、その他に紹介された学校でも同じことがいえる。新しい試みを行えば、改革を行えば光と陰、メリット・デメリットが出てくるのは当然である。しかし、その場合はやり直せばいい、「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる」、一歩でも例え半歩でも前に歩み続けることに意味がある、と僕は思う。この日本が、20年以上も遅々として改革が進まず停滞しているのをみても、議論ばかりで実行が伴わないからである。そのことは国民皆が理解していることである。だからこそ、民主党に政権を付託したのだが・・・。

「子の親離れ」も大切だが、逆もしかりで「親の子離れ」も大事なことだと思う。同級生や知り合いがひきこもっている、という話を折につけ聞く。ひきこもっていては食べていけないわけで、親に支援・援助されなければ生きていけない。現代の日本における親子関係構築の問題点を、「ひきこもり」からも読み取れるのではないだろうか。
今回全寮制の学校に入れてみて、適度に緩やかなそれでいて強固な親子関係が築けているような気がする(あくまでも現時点ではあるが)。長期休暇で帰ってくる時は、親は学園生活の話をあれこれ聞きたい、息子は話したい。親は旬の美味しいものを食べさせたい、息子は食べたい。普段離れていて、帰って来てもまた戻っていくことが分かっているので、関係が密接で濃密なものになる。また、いつも側にいれば分からない子供の成長が、体格はもとより考え方・物事への取り組みも格段に変わっていることを強く感じられる。「多感で成長著しい時期の子供と極力同じ時間を共有したい。」という意見もあるが、何れ訪れてくること、大学入学や就職時に経験することを6年前倒ししているに過ぎない。

同世代の家族が子供の教育のことで多かれ少なかれ悩んでいるようである。時には相談されることもある。親の生き甲斐、存在理由を子供の教育に見いだしているとしか見えない極端な話(特に母親に多い)を聞くと、こちらまでもが息苦しくなる。その点我が家は精神的にかなり楽である。医者にしなければならないという重圧もなければ、一流大学に入れなければ人生おしまいという悲壮感もない。海陽学園のシステム、教育理念に納得し入学させているので、あとは息子の能力次第と割り切っている。その息子の能力も両親から遺伝されているので、自分自身の能力を考えれば高望みはできない、鳶は鷹を産めないことはよく知っている。なので、我が家は子供の教育についてほとんど悩むことなく、仕事や自分の時間に専念できる。

以前、人間関係を構築する際必要以上に相手に期待しないこと、と述べた。今回親子関係から学んだことは、人間関係にはある程度の距離感が重要である、ということである。普段あまり意識せず構築している人間関係を、このような機会に書き記すことで文言化し、日々意識することで自分のスタイルをより強固なものにできるのではなかろうか。不惑の四十を超えて、ますます考えること、しなければならないことが多くなって来たような気がする。

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