「サヨナライツカ」を観てきました。
自分なりの感想
先週末大阪に行ってきました。絵画作家古畑雅規さんに会いに行きました。久しぶりの関西での個展(梅田の阪神百貨店で開催)に表敬訪問してきました。クリムトにオマージュを捧げた作品、その名も「接吻」に心ときめきました。夜はいつものごとく、お酒を飲みながら楽しい一時を過ごしました。
そのついでに否それも目的の一つ、観たいような観たくないような、DVDでもいいかなやっぱり映画館で観た方がいいよな、複雑な心境で「サヨナライツカ」を観ることを決心しました。帽子を目深にかぶって、真っ黒な服を着て、天使の羽の絵が付いたグレイのストールを肩に巻き付けた男が、朝も早い時間から一人映画館にたたずむ姿は一種異様だったようで、周囲からの冷たい視線を感じました。僕が逆の立場だったら「いい年こいてマニアなミポリンファンやな」と蔑んでいたことでしょう。
前もって断っておきますが、これから述べることはあくまでも感想です。僕という一人の人間が、素直にありのままに感じたことを述べるだけで、評論、評価する気持ちは全くありません。様々な分野で、商品や作品に点数をつけてコメント評価するサイトを見ますが、感心することもあれば、時に、あまりに作り手に対する愛情・思いやりのないコメントを見た時は憤りを通りこして悲しくなることがあります。その作品(商品)を好きか嫌いなら分かるのですが、善し悪しを素人が簡単に判断できるものでしょうか。
「サヨナライツカ」とてもいい映画でした。余韻の残る映画でした。「たった一度出会った男女がいきなり恋をするか」「あんなのあり得ない」などと現実離れした背景に対して一刀両断にもの申すコメントを多く見ましたが、元々がフィクションで虚構の世界を扱っているのだから「それを言っちゃー、おしまい」です。現実離れした出会いや情事はあくまでもドラマの始まりで、そこから始まる主となる3者3様の立場や出来事に様々な意味が込められているのです。その物語に素直に感情移入できるか、その物語が扱っているテーマを理解出来るかが大事なのです。その点で、2時間半以上の上映時間は全く苦になりませんでした。
原作はたった一度読んだだけで思い出の中に封印していたので、原作と映画の違いを粗探しすることなく、原作と較べて評価してやろうなどと気負うこともなく淡々と観ました。淡々と観ている中で何度か自然と涙があふれてきました。きっと、自分がこの年齢になるまで積み重ねて来た経験や思い出が、この作品に同調したのでしょう。評価をするという行為以前に、ただただ涙があふれてきました。観終えてからその理由を考えてみました。