「極悪女王」で感じたこと(後編)
(3)80年代を見事に再現
「極悪女王」の時代背景はすべてが懐かしく既視感満載、登場人物同様バックグランドも楽しめた。70年代後半から80年代前半と言えば我が青春中学生時代。TBSの音楽番組「ザ・ベストテン」、同局の「3年B組金八先生」のTV放送が開始された頃。校内暴力が吹き荒れ、誰もが聖子ちゃんヘアを真似した時代。今から振り返ると、我が国では高度経済成長が一段落しそのひずみが社会問題となり、第二次オイルショックに見舞われた頃。中坊ながら、その時代のイメージは年齢と同じく青い春、陰鬱な印象。ドラマは、そんな時代の閉塞した雰囲気をやや青みがかった色彩で表現しているように僕には映った。時代の空気感はもちろん、登場人物すべての髪型や服装、それは名もなきエキストラに至るまで、セットや建物、TV画面に映る文字一つまで、とにかく再現性が尋常ではなかった。
再現性はモノだけではなく、時代の風潮や世相も色濃く反映していた。あの頃は、ところ構わずタバコをスパスパ吸えた。当時、煙草を吸うのが大人の証のようなムードがあった。レスラーの練習風景も、竹刀をバシバシ振り回しセクハラ・パワハラ・モラハラの現在では考えられないハラスメントだらけの光景。根性論が大勢を占めていて、人権など二の次どこ吹く風。あからさまなイジメも至極当然。「極悪女王」では物語の性格上ごく一部しか取り上げられていなかったけれど、女子プロレスの前座には当時「小人プロレス」というものが存在した。成長ホルモン分泌不全低身長同士が戦うプロレス。格闘と言うよりも「怖いもの見たさ」、「お笑い」といったいわゆる見世物。現在なら「差別」として完膚なきまでに叩かれるところだが、「多様性」という言葉を尊重するなら改めて日の目を見てもいいのでは思うところ。
TV中継も同様。凶器や場外乱闘、流血試合は日常茶飯事。女子プロも大概だけど、当時の男性プロレスも相当だった。「インドの猛虎」タイガー・ジェット・シン、「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャー、「ブレーキの壊れたダンプカー」スタン・ハンセン、「超獣」ブルーザー・ブロディ、異名だけで震え上がりそう。こうやって当時に思いを馳せると、長与千種の男版が「テキサス・ブロンコ」テリー・ファンクJr。兄・ドリーとタッグを組んで闘ったザ・シークとアブドーラ・ザ・ブッチャー戦。右手をフォークで滅多刺しにされながらも、もぎ取った勝利。流血まみれにされた上にロープで首を絞められたスタン・ハンセン戦。流血、乱入、失神、号泣に絶叫、それがTVで普通に流されていた時代。興行というもののいかがわしさを臭わせつつ、見る者がまだ今よりも無垢で純粋だった時代。
多くの方が評価・絶賛しているように、「極悪女王」はとにかく面白く五話をまたたく間に見てしまった。「クラッシュギャルズ」や「ダンプ松本」という単語は、「極悪女王」を観るまで「思い出という名の押し入れ」にある一生思い返すことのないワードに過ぎなかった。無論、中学を卒業して以降その言葉を発することはなかった。あれから四十数余年、「ダンプ松本」全盛時代に確かに僕は生きていた。そこに描かれた風景の中に僕は生きていた。そのことを、ドラマを見ながら実感した。それもドハマリした一因かもしれない。今更ながらだが、女子プロ全盛時代の光と影をこの年齢になって知ることができた。語れば尽きない「極悪女王」だが、この企画・脚本を担当した鈴木おさむ氏に改めて深謝してこの項を終えたい。