ある種の喪失感
ある日、突然日課が途絶えた時
借用画像です。
賛否両論あるとは思いますが、
この顔つきを見た時、相当ショックを受けました。
自分の趣味嗜好に関してネットで情報を得ることが多い。新商品情報や価格、マニア心をくすぐる裏ネタ情報に関しては、質はともかく情報量、速度は圧倒的である。しかし、一日中検索している訳にはいかないので、いくつかのブログや掲示板だけ閲覧して、興味がある場合さらに検索するようにしている。
この夏、日課にしていたある方のブログが閉鎖された。
レクサスとの付き合いは、レクサスが開業して間もない頃なので9年近くになる。ゴルフIIIカブリオ、アルファ159と欧州車を乗り継いでいたので、買い替えるなら欧州車と決めていた。正直に言えば、自動車評論家の提灯記事だけをもとに日本車を見下していた。買い替え目的で欧州車ディーラーへ向かう途中、たまたまレクサスディーラーがあった。「ああ、これが今話題のレクサスか、ちょっと寄ってみるか。」程度の冷やかしで訪れた。たかだか欧州の普通車所有者にも関わらず、上から目線で評価を試みようとした。けれども、デザインは良い、自分が乗ってきたどの車よりも乗り心地がいい、何よりも対抗する欧州車よりも費用対効果が優れていた。残念ながら、その後立ち寄った欧州車ディーラーでは声一つさえかけられなかった。その時、僕の心に稲妻が走った、一度自分の価値観をリセットしなければ、と。それ以来レクサス車を乗り継いでいる。
けれども、レクサス信奉者ではない。不思議なもので、長年見ていると長短、良し悪し、裏表が分かるようになった。「L-Finesse」と称するデザイン哲学に綻びが見えた時、具体的に言うなら、ハイブリッド車に横長太メッキグリルを与えるようになった時には、「レクサスはトヨタ車の延長、レクサスは終わった。」と正直思った。一方同時期、今のレクサスデザインに通じる芽が出ていたのも理解していた。ISF、CTと繋がり、GSで開花した意匠、スピンドルグリルがそれである。「L-Finesse」という抽象的なデザイン概念に、「スピンドルグリル」という意匠を得たレクサス車のデザインは今とっても面白い。
その人のことは、良く知っているようで本当のところは全く知らない。ハンドルネームとブログ内容の範囲しか知らない。レクサスにかつて乗っていて今は欧州車に乗っている人、クルマ繋がりでたくさんの友人がいること、レクサス愛が強いだけにレクサスに対する毀誉褒貶がしっかりしている人、欧州車所有者の視点で国産車を語れる人、そのような認識で彼のブログをいつも楽しみにしていた。会ったことはない、会ってみたい、会えたらきっと生涯の友人になれる人、自分の思い込みだけで心通じる人がこの世界にいたのだ。
その彼のブログが突然閉鎖された。ブログの更新をしないだけで彼自身はこの世界に存在する。なのに、その最後のブログを読んだ時、昔からの友人が亡くなったような喪失感を覚えた。