いまさら絶交って?(同級生愛について)
「誘われれば断らない。」をモットーとしている(原則)。なので、人付き合いは職業柄のイメージと違って軽やかだ。コロナ前は、「院長」直々の指名なので一人で外に出ることが多かった。しかし時代は変わった。コロナ後は、専ら自宅に友人・知人を招くようになった。周囲の目を気にすることなく時間に気兼ねなく、しかもコスパよく飲食できる。それはすなわち、家族ぐるみで食事する機会が増えたことを意味する。したがって、コロナ以降、外食するのも家族で外出することが多くなった。一人で飲みに行っていた時は、「誰と飲み、どんな話の内容だった。」等妻に弁明するのが面倒だった。しかし、家族で外出すれば説明不要。こういうご時世なので、個室のあるもしくは貸し切り出来る店をチョイスするのが煩わしいけれども。
過日、見るテレビ番組がなく何気にyou tubeを見ていたら、「人付き合いしてはだめな人」といった内容のサムネイルに出会った。臨床心理士と称するyou tuberが語るに、世の中の人間は、テイカー、ギバー、マッチャーの3タイプに分類されるそうだ。テイカーは英語のTAKE由来、自分の利益が最優先で、人の時間・知識・労力を奪う人。ギバーはその逆でGIVE由来、自分の時間・知識・労力を惜しみなく人に与える人。マッチャーはMATCH由来で、損得のバランスを考えて、時にギバー、時にテイカーになる人のことだそうだ。その臨床心理士は、テイカーとは付き合わない、もしくは距離を置くことを強調していた。この内容に激しく同意するとともに、ある人物のことが脳裏を過ぎった。
最近、高校の同級生と絶交した。以前、子供たちが同世代ということもあって家族ぐるみの付き合いをしていた。子供達が成長して、その付き合いは無くなった。しかし、同級生ということもあり、四季折々に電話のやり取りはしていた。同じ年齢なので、どうしてもそれなりに心身の不調が出てくる。連絡があればその都度、医療人として最大限の対応に努めた。帰り際、「今日はありがとう、また(食事の)電話するわ。」、耳心地のいい言葉を何度も聞いた。けれども、その後誘いの電話がかかってきた試しはない。逆に、共通の同級生が帰省してきた際、食事に誘ったら、「今回は都合が悪いので、また声をかけてよ。」と欠席。それならと杓子定規に再び声をかけても同様の返事。自分が困った時には朝一番の直通電話、しかも有無を言わせない一方的な内容。方や、友人として緩い誘いの電話は無下な断り。「これって一体何なん?」ずっと思っていた。テイカーの言葉を知って腑に落ちた。一方通行の関係とはまさにこのこと、即刻、携帯電話を着信拒否にした。
つい先日、その彼から妻の携帯に連絡が入った。僕が着信拒否しているから通じないので、妻に連絡してきたとのこと。今回も、いつもの依頼連絡。妻はやんわり対応して電話を切ったが、側で会話を聞いていた僕は激怒。即刻、受け入れできない旨を伝えるよう指示した。すると、妻に対して弁解すること1時間。自己弁護に時間を費やす前に、ほんの少しの行動で世界は変わっていたはずだ。僕が脳裏に浮かんだテイカーに共通するのは、(1)とにかく自己中心的である。(2)付き合いの中で疑問や不快感を覚える。(3)会話が独りよがりで自慢話が多い。人類が3つに大別されるなら、もう人間関係にくよくよすることはない。「テイカーは、早く切って捨ててしまえ!」だ。