しばらくぶりの和装はてんやわんや
コロナ禍により、外食できない、旅行できない、買い物できない、ないないづくしを強いられた。社会構造とともに意識までもが劇的に変容した。そうはいえ、制限や束縛から逃れようと試みるのも人間の常である。今だからこそ言えるが、この三年間、合間を見計らって制約範囲内で目一杯の行動をしてきた。そんな中、唯一出来なったのが和装だ。コロナ禍前、呉服店の取り計らいもあり四季折々に和装を楽しんでいた。コロナ禍以降は、「今年こそ着物を着るぞ!」と思い続けてはや三年、比較的大人数の食事会は回避敬遠され続けてきた。環境の変化もあるが、僕自身粋を楽しむ気分になれなかったのが最大の要因と感じている。
今年9月、呉服店からきものパーティーの案内が届いた。時は11月26日土曜日、場所はANAクラウンプラザホテル神戸。昨年計画され断念せざるを得なかった創業75周年記念パーティーを改めて開催する趣旨だった。翌27日、大阪難波での佐野元春「SWEET16」名盤ライブに参加予定をしていた我々夫婦にとって渡りに船、きものパーティー参加を快諾した。折しも当日、神戸の有名時計店のイベントがホテルオークラ神戸で開催されていた。その他にも、注文していた商品の引き取りが阪急百貨店うめだ本店でもあり、11月の最終週末は、和歌山から神戸そして大阪、最後に自宅でワールドカップ・コスタリカ戦視聴と盛りだくさんの行事が重なった(周知の通り最後のイベントで一気に疲労)。
パーティーは16時開催。120数名が参加した大会場は華やかなものだったが、全員が和装なので上品かつ優美な雰囲気が漂っていた。田辺から参加していた我々のテーブルは知った人ばかりなので終始和やか。最近何かと「引きが強い」と言われる僕は、ゲーム大会で三等に相当する景品が当たった。今回のパーティーのメインイベントはゲストによるディナーショー、ゲストは歌手の渡辺真知子さんだった。ピアノとベースをバックに、ジャズ調にアレンジされたかつての名曲を豊かな声量で歌い上げる姿にうっとり。外商イベントに招待されずがっかりしていたところだったので、「捨てる神あれば拾う神ありやなぁ、参加して良かった。」と思った瞬間、事件が起こった。
上座のテーブルが突如騒然としだした。よく覚えていないけれども、おそらく呉服店スタッフに促されたのだろう、テーブルに駆けつけたら女性が床に倒れていた。顔面は蒼白、呼びかけには応じるが脈は触れるかどうか。以前、同様の事案を経験したことがありピンときた。和装なので紐で体を締め上げる。加えて、長時間のコース料理で姿勢を保ち続けなければならない。典型的な迷走神経反射である。会場から一刻も早く退散して、着物を緩めて横になれる場所を確保するよう指示した。スタッフに「先生、救急車を呼ばなくてもいいですか?」と問われ「大丈夫ですよ。」と答えたものの、場所を移動して安静が確認出来るまでは予断を許さない状況に違いない。ソファに横たえ帯紐と紐を緩めてもらった。顔が紅潮し、脈もしっかり触れるようになったのを確認して会場に戻った時には、ショーが終わる寸前だった。
「せっかく港町神戸で『かもめが翔んだ日』を聞きたかったのにぃ〜」、テーブル席に着席するやいなや思わず妻にこぼした。後で聞いたところによると、ショーは一旦中断となったものの、司会者が「ドクターがいるから安心してください。」と場をおさめたそうだ。腐っても鯛ではないが、老いぼれても医者である。そこに集った和装を愛する人々の不安を払拭し、呉服店の久方ぶりの大規模イベントに貢献出来たのだから、聞きたかった曲を聴けなかったけれども公人としては喜ぶべき、改めて自身の引きの強さを感じた着物パーティーとなった。