そんなヤマグチに脅されて。
僕が極真空手の大会ドクターに。
ある日の夜、携帯の着信履歴にほとんど初めてに近い山口◯◯の文字。山口君は僕の中学校の同級生で、極真空手を教えているということを聞いていた。中学校の同窓会やプチ同窓会の時に顔を会わせている程度で、その時に何気なく携帯番号を交換したのだろう。な、なに、何だろう、ひょっとしてお金を貸してくれへんかとちゃうやろか、不安な気持ちを抱きながら電話をしてみた。
型通りの挨拶を終えてから、「どうしたん。」「あのなー、ちょっと相談したい事があって、」とうとう来た、お金なら貸せへんで、という言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡る。「近々この地域で極真の大会があるんやらよ。わいな、それの大会の運営を任されてて大会ドクターを探してるんよ。それがな、お金ないから弁当しか出せんのよ。わいが知っている医者って言うたら、ゆういっちゃんしかおらんしよ。」ガクッ、ガクッって倒れそうになった。お金の催促と勝手に思い込んでいたから、思いっきり拍子抜け。大会は12月6日の10時からとのこと、僕自身は前の日の土曜日に大阪での研究会参加のために大阪泊まり。翌日の大会に参加するためには朝一の特急に乗らなければならないし、そうなれば休みなのに6時起床、ちょっと辛いな。かといって、休日に無給で頼める医者はいないし。翌日に返事をすることを約束して一旦電話を切った。
「お金を貸して」だったら即お断りだったが、「お体を貸して」だったら・・・、僕が断る理由は朝が辛いなとか、久しぶりの大阪で買い物でも出来ればという誠に自分勝手なものである。一方、山口君は大会運営を任されて責任ある立場にいる。男前なところを見せる晴れの舞台である。極真のお家騒動のため下部組織まで分裂のあおりをくらって、山口君自身が教えている生徒も決して多いとは言えず、その懐事情はよく分かっていた。翌日、「やーぐ(山口君の愛称)、医者を休日に半日拘束しようと思ったら3万はいるで。そんなお金ないんやろ、ないんだったら俺がやるしかないな。」電話の向こうから聞こえてくる道場生のかけ声をバックに「ほんま助かるわ。」
ということで、ひょんなことから僕が極真空手の和歌山県新人錬成大会ドクターになることになった。