このコラムがホームページ上に出る頃には、僕はいつものような生活を送れているだろうか。仕事に励み、晩餐で英気活力を養い、入浴で疲れをとって1日の終りとともに床につく。元気な時には一顧だにしない普通の当たり前の生活が、いかに健康の上に成り立っているかを実感している今、ここに記しておきたい。
原因は分かっている。心身のバランスが崩れた、というか崩されたからである。
3月末から何の前触れもなく下痢をするようになった。仕事には全く支障がないし、症状も一進一退だったので、いつも通りの生活を送っていた。
4月1日の月曜日に頻回の下痢をした。翌日には下痢は治まったものの、軽度の倦怠感と寒気を覚えた。3日になると、若干の倦怠感に左肩甲骨の痛みを伴うようになってきた。午後からいつものようにプールに行ったが、左腕を振り上げることが出来ず、通常なら1時間いるところを30分で切り上げた。プールの後はモスバーガーでの昼食が定番だが、いつものように美味しいと感じなかった。
4日目になると、両肩甲骨が痛むようになり、その痛みも悪化してきたので2度痛み止めを服用した。しばらくすると、何か痒いなと思ったら、薬疹と考えられる発疹が出てきた。その夕方から全身の関節痛、高熱も伴うようになった。
5日の朝は、倦怠感が強いものの解熱していたので、クリニックに行った。しかし、途中から寒気と関節痛がひどくなり、予約されていた検査を終え早退した。早退するのを見計らったかのように、再度高熱にうなされた。しかも、治まっていた頻回の下痢が再燃し、摂れるのは水分だけである。全身の関節痛と低血糖でトイレに立つのも一苦労である。
ようやく週末である。症状は依然として続いていたが、快方に向かっていた。どうにかこうにか午前診療をやり遂げられた。もちろんこの間、頻回の手洗いにマスクの着用、不用意な患者さんへの接触を避けたことは言うまでもない。
今日このコラムを書いている現在、症状はピークを過ぎたようだ。関節痛のため、何をするにも機敏に動けずソファに横たわっているだけの生活だが、この2日間はそれすらままならなかった。しかも、ようやく素うどんを食べられるようになった。
一応医者なので、床の中で疑われる病気を考えていた。いまだ診断には至っていないが、経過から何らかの感染症であることは間違いない。
このように、4月第1週目は最悪最低の週だった。食べられない、お酒など見たくもない、風呂に入る気力もない。テレビを見ても眺めているだけ。ネットを見ても腰が痛くて座っていられない。することがない上に寒気がするので、布団にくるまって眠るしか無い。
寝たら寝たで、何度も悪夢に襲われ何度も起きる。不思議なことに、起きる前と同じ夢でまた起きる。起きたら起きたで、自分の記憶から消去したい忌まわしい過去がふと脳裏をよぎる。脳内地獄とともに辛いのは、肉体的苦痛である。悪夢以外でも、猛烈な汗と寝返る度に生じる全身の関節痛で目が覚める。何度起きても窓の外の闇は変わらない。長い長い夜を、妄想と肉体的苦痛を抱いて眠る。おおげさかもしれないが、これが無間地獄か?というくらい苦しんだ。
「とりあえず生中(生ビールの中ジョッキ)!」ああ、今となっては何て素敵な言葉だろう。とにもかくにも俺は先ずビールを飲みたいのだ、これからガツンと食べる前の景気付けだ、今日この乾杯から夜が始まるんだぜ、たった一言のこの言葉に様々な意味、心身ともに充実していることの証が「とりあえず生中!」に込められていることを、今しみじみと実感している。
ところで、このコラムがホームページに出る頃には、僕は本当に元気だろうか? |