もう一人の彼のこと
佐野元春30周年記念コンサートin大阪(2)
佐野さんはもちろん、手塚ファンにも貴重なグッズです。
いかんせん、T-シャツがワンサイズしかないのが残念。
今回の特別なコンサートにはどうしても行きたい、というよりも、コンサートに行かないことをあきらめきれなかった。この気持ちを説明するなら、オークションで割高で購入して行くまでの気持ちではないが、例え一番後の席でも正規料金でその場に居合わせたい、という気分だった。
前回の彼に連絡した時には、すでにファンクラブの前売りは終わっていた。しかし、彼が「チケットぴあ」の会員になっていて、一般発売前に購入することが出来た。思案して夫婦二人分と当てのない2枚の計4枚を購入してもらった。
さて、当てがあるけれども当てのないチケットを誰に購入してもらおうか。とっさに浮かんだのが、高校からの同級生であった。16歳の時に佐野元春を教えてくれたのが彼だった。彼の自宅へ遊びに行った時、確か夏頃だったと思う、彼がお勧めのLPだと得意げにレコードプレーヤーにかけてくれたのがアルバム「No Damage」だった。今まで見たことのないアルバムジャケット、今まで聞いたことのない疾走するような曲調、何もかもが今までに感じたことがないものだった。それ以来、僕は佐野元春を追い続けている。
もう一人の彼の話もここで少ししておきたい。彼はその後広島の大学へ、僕は岡山の大学へ進学した。彼は修士課程まで進んだので、同じ6年間を大学で学んだことになる。何度か広島を訪れたが、なぜだか冬の寒い時期に行くので、彼のアパートはすきま風が入って来てこたつで震えていたのを憶えている。しかも、隣人とは壁一枚なので、久しぶりに会っても交わす言葉は、小さく、であった。だから、広島の思い出というと先ず浮かぶのは、「寒い」「静かに」である。
くしくも、その後は似たような人生を送ることになる。彼は父親を、僕は母親を亡くした。彼は同じ年の地元の女性と、僕は高校の同級生と結婚した。彼は人を育てる、僕は人を治す仕事に就いた。彼は一足早く、僕は遅れて地元へ帰って来た。我々には同じ年齢の長男がいる。したがって、僕が帰って来てからは家族ぐるみの付き合いをしている。
「佐野さんの記念のコンサートのチケットが手に入ったんだけど、夫婦でどう?」と連絡したところ、「実はチケットを取って一緒に行こうかなと思っていた」との返事だった。当てのある当てのないチケットは直ぐさまさばけた。
佐野元春の中途半端に根強いファンである僕、夫に付き合って仕方なく聞いている妻、かつてファンであったがしばらくご無沙汰の友人、高校生の頃に聞いたことがあるくらいの友人の奥さん。4人のコンサート道中はいかに。(もう2回、つづく。)