もしもミュージシャンなら
小さな僕
高校の同級生が白浜町で地ビールの会社を経営している。一時期、雨後の筍のごとく地ビール会社が設立された。観光地に行けば必ずと言って言いほど地ビールが飲めた。しかし、現在では珍しい。彼の先見性と継続し続ける信念には敬服するばかりである。
その彼から、直営レストランでのライブの案内が届いた。これも隣町みなべ町出身のミュージシャンだそうだ。ビアレストランでのライブである、飲むのは必然である。行きは自家用車に帰りは代行という手間暇に加えて、全く知らない音楽家である。正直なところ億劫だったが同級生からの案内である、無下に断る訳にはいかない。夫婦で参加することにした。
ライブの演者は畑崎大樹(はたざきたいき)さんである。ライブを中心に活動しているミュージシャンだそうだ。開演時間になって、長髪でやせ細った如何にもアーティストという風体の男性が現れた。予備知識がないことは、即ち余計な先入観がない。よく冷えた美味しいビールを飲みながら、ただムードに身を任せるだけだ。ガット・ギターで刻まれる独特のリズム、飾らない歌詞、琴線に届く歌声、ジャンルにとらわれないメロディは、初めて聞く僕の心を鷲掴みした。アルコールを嗜みながら演奏を聞く機会などそうそうあるものではない。それも観光地白浜の真夏のライブである。雰囲気、ビール、そして歌に酔った。感謝、感動、感激、至福、言葉で表せないほど最高な一時を過ごすことが出来た。
ライブ終了後、社長の同級生ということで畑崎さんと話す機会を設けてもらった。ただひたすら感動したことを素直に伝えた。アルバムを一枚購入してサインまでいただいた。
一年前から弾き語りを習っている。先生は、メジャーデビューを果たしたミュージシャンだ。歌いたい曲の楽譜を持っていけば、たちまち弾いて実際に教えてくれる。時に歌ってもらうこともあるが、オリジナルの楽曲より心にしみることがある。プロのミュージシャンは凄い、接してみてつくづくそう思う。とはいえ、二人とも誰もが知る音楽家と言えば決してそうではない。この世界の裾の広さと奥行き、その世界で生きて行くことの難しさを改めて感じる。
翻って、医療の世界に於ける自身の存在意義はどうだろう、ふと思った。この地域の住民のために役立っているだろうか、受診者が満足する医療を提供できただろうか、患者を勇気づけられただろうか。医療の現場において、自分が学んできたことを表現できているだろうか、自分らしく歌えているだろうか。残念ながら、穴があったら入りたい気分になる。
この秋、知命を迎える。けれども、年齢を経るほど自身の卑小さが気になる。自分の狭量さを感じる。大人なのに大人になれない自分が不甲斐ない、そう感じている初秋の今日此の頃である。