アンバランスな需要と供給
以前、会社経営をしている同級生から「五十になるから記念のために時計を買いたいんやけど、お勧めの腕時計ある?」と尋ねられた。「そうやな、無難なのはロレックスやろな。折角なら頑張って黒のデイトナにしといたら絶対に間違いないで。」と何も考えずに答えた。馴染みの正規代理店に問い合わせたところ絶句された。数ヶ月に一本しか入荷しない非常にレアな商品であること、毎日数十件の電話の問い合わせがあること、毎日通っている人が何人もいることを伝えられた。しかも、たとえ顧客であっても予約販売できないとの返事だった。並行品は何とプラス六十万円以上のプレミア価格で売られていた。正規代理店での購入を希望していた友人は、「縁があれば買うわ。」と一度断念した。
何が何でも欲しいという邪念がなかったのが奏功したのか、しばらくして、妻に毎年いただいているカレンダーを時計店に取りに行ってもらったら、偶然黒のデイトナが入荷した直後だった。友人のことを妻に話していたので、直ぐに僕に電話があり友人に伝えたところ、「今直ぐに取りに行くから置いてもらっておいて。」との返事だった。妻を介して、その旨販売員に伝えたが、何と一時間でも取り置きは出来ないとの返答だった。思案した挙句、建て替えて支払うことになった。友人は何の苦労することなく、116520の黒のデイトナを購入することが出来た。
そのデイトナが一昨年の夏に新しいモデルになった。その人気に更に拍車がかかり、並行品は今や何と百万円程度のプレミアがつけられて販売されている。ネットで調べたところ、デイトナを求めて毎日正規店を巡回することをデイトナマラソン、その客をデイトナランナーというそうだ。この人気はデイトナだけではなく、他のスポーツロレックス、特にGMT青黒、グリーンサブ、赤シード、D-BLUEは品薄状態で、並行品は定価よりも相当高く売られている。二十年以上前に購入した自分のロレックスにプレミアがついていることを知って以降、少しロレックスに興味を持つようになった。大振りな時計が好きな僕はD-BLUEが気になっていたのだが、昨年何とか巡り合うことが出来た。
消費財は使用した時点で値段が下がり上がることはない。その最たるものが着物である。四、五百万円する手の込んだ結城紬も、仕立てた途端二束三文の価値にしかならない。友人である着物店店長に聞いたところ、形見整理の際、非常に貴重で珍しい着物を見ることがあるそうだが、着物を着る機会がない昨今それを喜んでもらう人がいない、またそれを再利用するマーケットがないことをぼやいていた。車だって、特殊な限定車じゃない限り乗れば乗るほど価値が下がる。超人気の日本酒も開封したらたちまち転売できない。しかし、ことロレックスの幾つかのモデルに限って言えば、使用しても価格があまり下がらない、場合によっては上がることもある。需要と供給の過度のアンバランスとそれを支える巨大なマーケットがあるからこそである。ある種のロレックスは、残念ながら消費財というよりも金のような投資対象になっている。本当に欲しいと思っている人が定価で買えない状況が現在続いている。したがって、今「どんな時計がお勧めですか?」と尋ねられたら、「よく勉強して自分が気に入ったものを購入したら。」と答えるようにしている。本来、腕時計はそんなものなのだが、、、。