院長のコラム

ケセラセラ

五十代のスタートラインに立って 

とうとう五十歳になってしまった。ちょうど四十歳に開業したので、歳を重ねることはすなわち開業医としての歩みでもあった。年齢が増えるごとに検査件数も増えていったので、年齢を経ることはむしろ喜びであった。ここ数年は経営も安定してきて、年齢を意識することはなかった。しかし、五十歳を迎えた現在、不思議な気分と不安、そして戸惑いが錯綜している。

母は四十九歳で亡くなった。息子の僕がとうとう母の年齢を超えてしまったのだ。黒髪で色艶がよく満面の笑顔で写真に映る母と較べて、僕には随分白髪が増えた。今後歳を経る度にますます白髪が増え髪も少なくなり、血色もどんどん失われていくのだろう。いつまでも変わらない母に、だんだんと精彩を失っていく息子、不思議な感覚である。今日まで老いていくことに実感がなかったが、母親との対比において老化を意識するようになった。

まだ研修医だった頃、五十歳を過ぎた先輩と言えば経験抱負で貫禄があった。一方、その年齢の医師の多くは管理職にあり、考え方が保守的で言動も体制的な印象があった。こと一般病院の内科に関しては、定時に登院し定刻に帰院する人が多かった。年齢がそうさせるのか、それとも肩書が導くのか、はたまた定年に向かってフェードアウトしようとしているのか。
研修医や三十代の若い医師から見れば、僕も超ベテランと呼ばれる年代になってしまった。彼らから見て僕には貫禄があるのだろうか、ぬるま湯につかった旧態依然者と映るのだろうか、不安である。

僕の人生において、四十代は激動であった。クリニック開業、鍼灸整骨院の設立、サービス付き高齢者向け住宅建築に加えて介護事業所まで開設した。ビジョンを持って段階的にした訳ではなく、成り行き上そうせざるを得なかっただけである。とはいえ、我ながらよく頑張ったとしみじみ思える。振り返ると、やりきった感がある。その反面、五十代は何をすればいいのだろう、目標もなければやりたいこともない。ただ、日常を淡々と過ごしていくだけの人生になるのだろうか、それこそ守勢一辺倒の右肩下がりの生き様になるのだろうか、戸惑っている。

今後どんな人生を歩んでいくのか焦燥感にさいなまれる。しかし、確かなことが一つある。母の分まで一日でも長く生きよう、そして母親の分まで少しでも人生を楽しもう、それが真の親孝行と思うようになった。与えられた人生、おまけの人生と割り切って、今までとは違って肩の力を抜いてケセラセラに生きていこうと思う。
(紀伊民報の記事から)
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