サマセット・モームとザ・オリエンタル・バンコク
久しぶりの東南アジア旅行(2)
行きの機内での出来事とは打って変わって、シンガポール滞在中は大過なく過ごせた。肝心のラッフルズ・ホテルの印象はと言えば、ほとんど残っていないに等しい。ドラマ「セカンドバージン」でのラッフルズ・ホテルのシーンが、「そうそう、こんな感じだった。」程度である。強いて言えば、本物のシンガポール・スリングは甘い!であった。印象が薄かったのは、きっと若すぎたからに違いない。コロニアルな雰囲気、歴史や伝統ある調度品、行き届いたサービス、経験を重ねたこの年齢で訪れたらもっと感慨深いものになっていたであろう。
今回の旅行では、シンガポールという国の勢いを強く感じた。オーチャード・ロードには有名ブランドが、これでもかというくらい軒を並べていた。マリーナ・ベイ・サンズに宿泊しなかったが、昼はマリーナエリアの高層ビル群を見渡しながらプールを楽しみ、夜はマリーナ・ベイ・サンズで行われるライトアップイベントをホテルの窓越しに見ることが出来た。ホテルに置かれた雑誌にはブランド広告が溢れかえっていた。近年、セントーサ島には、カジノ、ユニバーサル・スタジオ・シンガポールが開業し、市街ではF1レースも行われているらしい。
かつて我が国が経験したことのあるイケイケドンドン(バブル)が繰り広げられているのでは、と考えるのは邪推だろうか。
サマセット・モームとホテルと言えば、忘れてならないのが、ザ・オリエンタル・バンコク、現マンダリンオリエンタルホテルバンコクである。そのホテルには、作家本人の名前が冠されたスイートルームが存在する。作家をイメージした部屋、それだけでも一見の価値があるのに、僕にとってはもっと強い思い入れがあった。
この部屋は、中山美穂主演映画「サヨナライツカ」の重要な舞台となった。小説の表紙を見て、小説を読んで想像してみたが、映画で実際に見たその部屋は独特の輝きを放っていた。この部屋が、作家に「サヨナライツカ」を書かせた、と言っても過言ではないくらい素晴らしいものであった。その映画を観て以来、一度は泊まってみたいホテルから、いつか絶対泊まらなければならないホテル、に僕の中で気持ちが変化した。
今回の旅行にあたり、旅行代理店にそのスイートルームに予約できるよう頼んだ。しかし、予約すれば済むだけの簡単なものではないことが分かった。作家の名前が冠されたスイートルームはヘリテージオーサーズスイートに分類され、サマセット・モーム、ノエル・カワード、ジェームズ・ミッチェナーの3室が存在することが分かった。ヘリテージオーサーズスイートは予約できるが、個々の部屋まで選択できないらしい。「そこを何とか。」と旅行代理店に懸命に頼んでも、「現地スタッフに頼んで頑張ってみますが、こればかりは確約できませんのでご了解のほどを。」のつれない返事。またとない機会の東南アジア旅行なのに、その主たる目的のサマセット・モームスイートに泊まれるかどうかは、ホテルに到着するまで分からなかった。