サヨナライツカ
本といえば、学会や研究会で大阪に出張した際立ち寄るJR新大阪駅の本屋で購入する、もっぱら自分の興味ある分野が中心の教養本、もしくはお気に入りの作家のエッセイがほとんどです。ちょっと前は三島由紀夫のエッセイをよく読んでいました。しかし、「エッセイだけではだめだ、作家の本質を知ろうと思えば小説を読まなければ」と意気込んで「仮面の告白」に取り組みましたが、未だ読めていません。司馬遼太郎の「龍馬が行く」は全巻読破しましたが、「坂の上の雲」は途中で断念しました。教養本がその名の通り教養を身に付けるための本であるのに対して、小説はその中で繰り広げられている世界観を楽しみ、主人公や登場人物に感情移入出来なければなりません。映画と同じで当たりはずれがあり、はずれた時は苦痛以外の何物でもありません。したがって、最近はほとんど小説を読まなくなりました。
辻仁成さんの「サヨナライツカ」。9年前のその当時、どのような心境にあったのか、もう思い出せません。なぜその本を手に取って購入したのかも、もちろん覚えていません。当時単身赴任していて、一人の時間を持て余していたのは確かです。読み始めるや否や時間を忘れ、小説の中に没頭し半日で読み終えました。甘く、美しく、官能的で、一方苦しいほどに愛おしく、寂しく、悲しく、何より切ない小説でした。その感激、もっというなら魂への衝撃はとても強く、数日間その余韻に浸っていたことだけははっきりと覚えています。その衝撃を感じたまま自分の心に留めておきたい、という気持ちが日に日に強くなり、2度とその本を開くことはありませんでした。
出版後早々、映画化されること、ヒロインを奥さんである中山美穂さんが演じることを映画館の予告編で知りました。しかし、いつの間にかその話は立ち消えになったようです。その「サヨナライツカ」が今週末いよいよ封切られるようです。ヒロインはそのままで、監督は「私の頭の中の消しゴム」のイ・ジェハンさんです。観たいような観たくないような、楽しみなような不安なような複雑な気持ちです。そもそも当地で上映されるかどうか分かりませんが。
その本の印象的な冒頭の文を引用させていただきます。
サヨナライツカ
永遠の幸福なんてないように
永遠の不幸もない
いつかサヨナラがやってきて、いつかコンニチワがやってくる
人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる
私はきっと愛したことを思い出す