シビックタイプR
前回、「白色の車を購入したのは生まれて始めて。」と書いて突然思い出した。正確に言えば初めての白い車はFK2型と呼ばれるシビックタイプRで、S660弐号機は二十一台目の車で、二台(代)目の白い車になる。しかし、タイプRは忘れ去るくらい短い期間しか乗っておらず、しかも自らの意思で白色を選択した訳ではないため、購入した事自体忘却の彼方に葬られていたようだ。これを機に自分の備忘録に経緯を残しておこうと思う。
ホンダ車でタイプRの称号を与えられた車と言えば、シビック、インテグラ、NSXのみで、サーキット走行可能な超硬派モデルである。その後インテグラは絶版になり、シビックも日本での販売が2010年に一度途絶えた。そのシビックタイプRが2016年、ニュルブルクリンクFF市販車最速の名を引っさげて日本に舞い戻ってきた。最早シビックタイプRはイギリス生産車になってしまっていた。そのためか販売方法も異例で、日本国内には750台限定(白が500台、黒が250台)、ネット応募のみであった。久しぶりに蘇ったホンダのスポーツカー、当時のニュル最速、しかも750台限定、僕の心が叫んだ「これは買いや!」。夫婦、義父名義で応募してみた。転売を極力避けるためか、住所氏名、生年月日に免許書番号、購入予定販売店まで入力フォームに入れなければならなかった。最終的には750台に対して10倍の申込みがあったようで、当たればラッキー程度の軽い気持ちでいた。ところが、妻名義で白のタイプRの購入権が当たってしまった。当選した以上購入せざるを得なくなってしまった。
タイプRのトランスミッションは、もちろんのごとくマニュアルである。妻は自動車学校以来運転したことがないので見向きもしない。僕も、荷物を運ぶ時に義父に軽四を借りるくらいしか運転したことがなかった。停止から発進、坂道発進時、相当な苦労したとは言え乗れないことはなかった。しかし、日常使いに得て悪く、何より運転していて緊張するだけで楽しくなかった。大手中古車買い取り店数件に問い合わせたが、信じられないくらいギョギョギョな買い取り価格である。その割に、販売価格は相当なプレミアがついていた。「儲けなくてもいいから購入金額くらいで購入してくれる人がいれば、」と白馬の王子様を待っていたら、購入数カ月後、突如としてその男性が現れた。タイプRに並々ならぬ思い入れのある経営者の方で気持ちよく譲ることが出来た。
昨年、シビックタイプRはFK8に進化し再びニュル最速の称号を取り戻した。ホンダは前回の轍を踏まないよう、タイプRを限定モデルではなくカタログモデルにした。とは言えやはりイギリス生産なので、発売直後に聞いたところによると納期は一年かかるそうだ。自分自身、限定という言葉にいかに弱いかが分かった。「納期に一年かかるけれども待てば買えるんでしょ。」、今回は全くと言っていいほど心が穏やかだった。しかも、今回のタイプRはガンダムチックで線と面が多くうるさく、造形美にかけるように感じた。したがって、万が一現行シビックタイプRを購入するとなれば、煩わしい局面を消すため黒色を選択することだろう。
後期高齢者になるまで二十数年、父が亡くなった年齢まで七年、あと何台のクルマに乗れることだろう。車の買い替えは男のロマンである。どの年齢になっても車選びは楽しい。妻子に言わせれば、僕の車選びはマグロと一緒で「止めれば生きがいがなくなってしまう、ボケてしまう。」と口を挟むことを断念している。とは言え、いつか終の一台にめぐり会うことができるのだろうか。日々を生きることは、こんな些細な思いの積み重ねである。