スナフキンになりたい。
2012-13秋冬ヨウジヤマモト
スナフキンになりたい。スナフキンのようになりたい。そうだ、この秋冬にはスナフキンになろう、そんな気がしている初秋である。
ムーミンというキャラクターは誰もが知るところである。僕らはムーミンアニメを小学校低学年で実体験している世代だが、僕自身ほとんど印象に残っていない。記憶が定かでなくうろ覚えではあるが、確か日曜日の朝、子供向け番組帯の最後の番組として、関西テレビ(8ch)で放映されていたように思う。他の番組とは異なり、当時、ムーミンアニメは暗くて面白くない番組という印象が強かった。
それに輪をかけて物悲しく寂しい気分、もっと言えば恐怖感さえも覚えさせてくれたのが、パルナス製菓のテレビコマーシャルであった。童謡「赤い靴」を初めて聞いた時も、子供ながらに絶望のような感覚を抱いたが、パルナスの曲はそれ以上の印象を僕に焼き付けた。大分前に、たまたまABCテレビ(朝日放送)の「探偵ナイトスクープ」を見ていたら、同世代の人がパルナスの曲について調査を依頼していた。パルナスのCMにおどろおどろしさを感じていたのは自分だけではないことを認識して、妙に安心納得した。youtubeで、パルナス・CMで検索して40年振りにそのCMを見た。やっぱり怖い、の一言である。
僕にとって、ムーミンアニメ、ひいてはムーミンの思い出は、明るいキャラクターのイメージとは異なり、モスクワに連れ去られて行くような不安感を抱かせるパルナス製菓のCMとともに陰鬱なものである。
しかし、得体の知れないムーミン恐怖症を持つ僕でさえ、スナフキンというキャラクターに対する印象はなぜか異なる。スナフキンは独り者で、ムーミン谷に住む他の住人とは群れない、けれども周りから一目置かれている存在である。子供ながら、彼にニヒリズムを感じたのだろうか。
最近Eテレで、パペット人形を用いたムーミンが放送をされているのを見た。番組の最後でスナフキンを、孤独と自由を愛する、規則に縛られない者として紹介していた。従来の慣習に囚われない、自由を愛するという点では、自身実行しているつもりだが、こと孤独に対しては全くダメである。
先日、とある友人と食事をした。1軒目で少し食べ足りなくて2軒目に入ったところ、一回り年上の知り合い二人に出くわした。その日は相当酔っていたようで、居酒屋のカウンターでその二人に向かって大きな声で、プライバシーに関わることを叫んでいたらしい。後日、その一人と食事をしたところ「この間はストレス相当溜まっていたんやね。ストレス発散に使われたら、こっちもたまらんわ。一緒に来ていた人には、いつものことやからほっといたって、と言っておいたわ。」と、さんざんお灸を据えられた。確かにガス抜きという側面はあるが、自身孤独の裏返しと考えている。底深い孤独の闇を知っているので、楽しくて嬉しくて気分のいい時は、必要以上にはしゃいでしまう傾向にある。
この秋冬のヨウジヤマモトのコレクションを見て、「夕陽のガンマン」「銀河鉄道999の星野鉄郎」、そしてなぜか「スナフキン」が思い浮かんだ。この秋冬は、スナフキンのように飄々と、飲酒しても周りから迷惑がられないように、そして何よりも、少しでも孤独と戯れられるように、先ず装いから入ってみようと思う。