ハイファッション
ハイファッション、お前もか!
以前「呪われたクリニック」と題して、当院で定期購読をしている雑誌がことごとく休刊に追い込まれていることを書きました。文芸春秋社の「タイトル」、小学館の「ラピタ」、「エスクアイア日本版」に続き、文化出版局の「ハイファッション」が休刊することになったようです。大学入学時くらいから「MRハイファッション」を時々購入するようになり、ちょっと前にその「MRハイファッション」が休刊となり「ハイファッション」に統合されました。国内外のファッション情報はもとより、文芸、建築、映画、舞台と幅広い情報を独自の視点で提供してくれていました。何より「ヨウジヤマモト」を定期的に特集してくれていた唯一の紙媒体で、特集号の時は欠かさず購入していました。したがって、休刊となったどの雑誌よりも私にとっては馴染み深い、思い出深い雑誌でした。しかもヘビーヨウザーにとっては、ますます情報が閉ざされる世知辛い世の中となってきました。何だかこうやって書いている自分自身が、「服を着ていることの意味って、個性って、俺って何?」ということを考えること自体が、時代遅れのような、何だか落ちぶれているような情けない気分になってきました。
ファッション雑誌と言えば、当院ではヴォーグ日本版も定期購読しています。あくまでも私的印象ですが、ヴォーグ日本版が最先端のファションを時代の雰囲気を取り込んで軽快に取り上げているのとは対照的に、ハイファッションは服を着ることの本質を追求しているかのような超硬派な雑誌と感じていました。
いつも疑問に思うのは、私の選んだ雑誌がマニアック過ぎるのか、休刊するような雑誌を選択した私がマニアックなのか。何れにしても、両者とも一般大衆受けしていないことには変わりありません。
先日の同窓会で、「お前本当に医者してるんか?」「そんなんで(長髪に無精ひげ)クレームないか?」と相当不評でした。一方クリニックの患者さんアンケートからは、「クリニックらしくないところが良かったよ。」「建物もびっくりしたけど、院長も個性的ですね。」と好意的な意見もいただいています。
大切なのは、選択の余地があること、選択の幅があること。
そして最後にブレないということ。
なんだかさっぱり分からない終わり方になりましたが、この件についてはまだまだ語らせていただきたい、と思っています。
長嶋雄一