ポータラカ
約束の地
約束の地とは元来宗教的な意味合いを持つ言葉である。そう容易く使ってはならない言葉だが、まるで神に導かれたかのように辿り着いた地と言う意味では、下三栖1483-15は僕にとっての約束の地になった。
何度もこのコラムで書いてきたことだが、クリニックのある地は父から譲り受けた土地である。父が病に倒れ病状が芳しくないことが判断された時点で、相続の準備が始まった。所謂相続対策を進めていく中で、下三栖の土地購入が決定された。購入動機は至って単純で、購入価格と路線価の較差が大きい場所という相続上のテクニカルな理由だけである。用途・利便性を一切考慮しない、主要道路から道を隔てた高台にある、だだ広い資材置き場だった。父の理解・同意のもと購入は決定されたが、生前にその地を見ることはかなわなかった。
「この広い土地、パパのもんやで。」子供達を連れて行くものの、雑草が生い茂った水はけの悪い凸凹の土地なので野球もサッカーも出来ない。運送会社の拠点候補になったこともあるが実現化しなかった。何年ものあいだ放置されたまま月日が過ぎた。
四十歳を前に独立開業を決意した。場所選定に検討を重ねた上、田辺市街の外れにある周囲が梅畑の閑散とした地に、渋々開業することにした。開業コンサルにお願いしていたら、「120% No!」と言われることは素人でも分かるような僻地だった。
何度か現場に通うようになり気付いた。現場から見える山の岩肌に祠(ほこら)が見えるのだ。地元の方に聞くと、観音菩薩が祀られている「岩屋観音」と言うそうだ。クリニックが出来て以降、朝夕、晴雨、春夏秋冬、診察室から2階にある内視鏡室に移動する際、回廊から岩屋観音を一日に何度も一瞥する。緑に覆われその存在自体が隠れる真夏の景色、逆に、木々の葉が枯れて祠の全体像が見える真冬の表情、そのどれもが美しく愛おしい。とともに、いつも観音様に見守られているような温もりを感じている。
この初夏、クリニック敷地内に介護事業所を立ち上げる。昨年五月に地鎮祭をしてから足掛け1年が経過した。サービス付き高齢者向け住宅(以下サ高住と略)に加えて、訪問看護、訪問介護、居宅介護支援、デイサービスの事業所を併設する。
縁も由もなく、開院当初はその立地条件を恨んだこともあった地だが、ようやく約束の地であったことを理解できた。カメラで世界的に有名な会社キャノンではないが、観音様にあやかり事業所名は「カノン」にした。サ高住は「ポータラカ」と名付けることにした。ポータラカとはサンスクリット語で、観音菩薩の在す住居・浄土のことを意味するそうだ。サ高住「ポータラカ」の2階にある食堂から岩屋観音を眺めていると、心安らぎ自然と同化していくような感覚を覚えた。
建築家千葉学さんによる建築確認後、「次はどんなモノを建てましょうか?」と僕、「そろそろバーですかね。」と千葉さんは笑みを浮かべていた。ここは東京でも都会でもない。近隣にバス停もない周囲が梅畑の辺ぴな地である。約束の地は、岩屋観音を間近に眺めることの出来る地であり、モダンな建物が一堂に会する不思議な地である。約束の地の今後の展開がますます楽しみである。