ヨウザー?ユーザー?
山本耀司という人~第10回~
8年程前のお気に入りの赤のレザージャケットです。
確か「男のクチュール」期のものです。今となってはこの時期がピークだったのかもしれません。
最近知った言葉がある。私のようなヨウジファンのことを「ヨウザー」と呼ぶらしい。一時期よく用いられたシャネルファンの「シャネラー」、しまむらをよく着る人の「シマムラー」とたいしてニュアンスは変わりないが、ユーザーと響きが似ている点で何だか一人悦に入っている。ある日ヨウジのショップに用事で電話した時、担当に「世間では僕のようなヨウジファンをヨウザーというらしいですね。」と聞いたところ、電話の向こう側から苦笑の声とともに「そうですね、ヘビーのつくヨウザーですね。」と切り返された。確かに、ヨウジヤマモトを着始めてからかれこれ18年にもなる。
服に対して色気づいたのは小学校5年生だったと思う。当時、ビッグジョンもしくはボブソンだったかブランドは忘れたが、デニムのオーバーオール(つなぎ)が子供達の間で流行った。流行に遅れまいと、ジーンズショップで両親にせがんで買ってもらった日のことを鮮明に覚えている。衣服に無頓着だった無垢な時期を差し引くと、何と洋服人生の6割をヨウジヤマモトと歩んで来た事になる。
なので、ヨウジヤマモトが民事再生法を申請したというニュースをネットで見た時には愕然とした。茫然自失、この四文字熟語が自分の気分にまさにぴったりであった。武士の刀、力士のちょんまげ、はては水戸黄門の印籠、大岡越前のくりからもんもん。私にとっては無くてはならない存在がヨウジヤマモトの服なのである。自分が自分らしく生きて行くことの出来る服、自分という人間を表現することの出来る服、この世界という荒野を戦い抜いて行くことの出来る戦闘服なのである。
この文章を読まれているほとんどの方は「たかが服によくもまあ、そんなに感情移入できますね。」とあきれかえっていることでしょう。しかし、たかが服、されど服なのである。現在は、ユニクロを代表とするファストファッションが全盛の時代である。決してそれをまっこうから否定するつもりはない。しかし、適度な流行を取り入れた低価格品を季節が来るたびに購入し、次のシーズンにはタンスの肥やしかゴミ箱行き。価格が安いということの背景や、無節操な節約と称する大量消費があることを、こういう時代だからこそ考えてみるべきではなかろうか。20年近く前のヨウジヤマモトを未だ着ている私である。
マニア垂涎の、本人直筆サインです。
岡山のトークショウで無理に頼んでしてもらいました。