仮面の告白
このコラムでは、◯◯で料理を食べた、△△を買った、☓☓の店が良かった等々、極力具体名、店名や商品名を記載しないように努めている。行った、買った事実が重要ではない。僕という人間が経験したことによって、何を感じ思ったことが要点だと考えている。以前のコラムでも書いたように、超一流和食店に接待されたことがあった。しかし、決して美味しいとは思えなかった。ミシュランで三ツ星を取るような店なので、料理が素晴らしいのは間違いない。きっと、僕の舌がやせ細っているからに違いない。とはいえ、三ツ星、四万円の値段に無条件にひれ伏す必要もない。したがって、誤解を招く可能性もあるので、自信がない限り具体名を挙げることはなるべく回避してきたつもりだ。
自分の両親よりも長く生きながらえるという感覚は、経験した者にしか分からない。他人から見れば若いから大丈夫と思うかもしれないが、事実、五十を前に僕の母親はこの世から去って行った。当の本人は昨年の誕生日を迎えるまで戦々恐々としていた。ただただその時を運命に委ねるのみだった。ただ、もし神様が生き続けることを許してくれるなら、自分へのお祝いに思い切ったことをしよう、と目論んでいた。半世紀生きた証を残そう、とも考えていた。母親が出来なかった贅沢をさせてもらおう、と決意していた。生き延びた今、告白する。ゲスの極み男であることを承知で打ち明ける。ボンドカーで有名なアストンマーチンを買うことを漠然と考えていた。
今年になった三月下旬のことである。「先生、どうやったらNSXに試乗出来るのですか?」僕のコラムを読んでくれている担当業者から唐突に聞かれた。「あのね・・・」しばらく間を置いてから「いずれバレることやから正直に言うわ、実は契約したんよ。」と初めて第三者に告白した。「ええっつ!」絶句する担当者。「マジですか?」驚きの表情を隠せない様子である。実は、購入する権利を得たのは、昨年の八月二十三日だったと覚えている。これはあくまでも購入する権利のみで、自分仕様の正式発注はまだまだだった。したがって、「買ったんよ。」と大声で言えない状況が続いた。半年経って、ようやく三月十六日に正式契約を交わせた。キャンセルはもちろん、仕様変更もできない後戻り出来ない状況になったので告白することにした。
昨春、いち早く本国アメリカでNSXが販売されることがアナウンスされていた。発表当初は、「あまりカッコよくないな。」が正直な第一印象だった。しかし、ホンダが満を持して再度世に問うNSX、「いつか自分の手でNSXを買ってやる。」という二十五年前の学生時代の思いが徐々に蘇ってきた。そして、当時のNSXのパンフレットに書かれていたキャッチコピー「our dreams come true」の言葉が突然息を吹き返してきた。これは、「my dream comes true」なのか。開業医として経営者として十年、母親が迎えられなかった五十歳の節目を迎えようとしていた時期である。不思議と、自分の人生とNSXが突如としてリンクしたように感じた。見目姿は許容範囲、これも何かの御縁、購入を決意した。