院長のコラム

偽医者

本当にあった話

先日、息子達が在籍している学園の近畿地区8期生保護者歓迎会に参加してきた。いつものように、新入会員の保護者から「この人何者?」と怪しい視線を向けられた。学園の理念に共鳴している者同士なので、すぐに打ち解けて盛会になるのだが、宴もたけなわになると同業者から「こう見えても、この人医者ですよ。初め聞いた時ショックでしたよ。」と紹介された。「えーっ!」聞かされた方も狐につままれたような表情を一様に見せていた。「一応、そうなんですよ。」、なぜか恐縮して答えてしまったのは自分に自信がないからか。

ドラマ「雲の階段」を、放送で見て録画でも見ている。第6話で、主人公が偽医者であることがネット検索でバレるシーンがあるのだが、録画を側で観ていた妻が何と「パパのも調べてみようっと。」と言い出してPCを叩きはじめた。内心「この人何考えやんな、アホとちゃうか。」と思ったが、「あれ、無いわー。」と来た。
「えーーー!」この年になっても、医学部で留年したり医師国家試験を落ちる夢をよく見るのは現実だったのか、国家試験を受けた印象がほとんど残っていないのはそのせいか、思いは巡った。
「あーごめんごめん、名前と姓の間にスペース入れてなかったわ。あった、あった。」安堵するとともに、そんなことでうろたえる自分が情けなかった。

ドラマとは言え、免許を持った医師の描かれ方は、あながち間違っていないように思う。事なかれ主義・権威主義・官僚主義が絶妙に描かれている。むしろ、偽医者である三郎先生の言動の方が、一般人が考える理想の医師像である。同僚に対して「患者と自分、どちらを助けたいんですか!」のセリフは、僕の胸に突き刺さった。
ところで、当クリニックはアンケート調査によると、落ち着く、快適、居心地がいい、美術館みたいな、ホテルのような、クリニックらしくないところが患者さんから評価されている。本来、心身を病んだ人が来る場所こそ癒されるべき空間を提供しなければならないのに、なぜだろう。医者らしい人が、先例主義に則って建築をお願いするからか。
こう考えると、◯◯らしいという言葉は、保守的であることを意味して決して褒め言葉ではないことが分かる。

今回は、医師らしいと一度も言われたことがない男の強がりになった。今後も医者らしくはなれないが、人として魅力のある人間になりたいと願う。
偽医者である三郎先生の誰よりも医者らしいセリフに患者対応、ドラマに学ばされている日々である。

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