偽装
この世界は綺麗なのだろうか。
パナメイエビを芝えび、ブラックタイガーが車えび、牛脂注入加工肉をビーフステーキ、トビウオの魚卵をレッドキャビア、ストレートジュースをフレッシュジュース、冷凍モノを鮮魚、その他にも産地偽装など、食品偽装が昨年末から阪急阪神ホテルズを皮切りに数々明るみに出た。
日常生活において、ホテルで食事をする機会など滅多にない。そこで食事をすることは、ある意味ハレの日である。多少値が張っても特別な日だから仕方がない。相応の場所で相応の値段で供されるものが本物かどうかなんて疑う余地などない、と誰もが思っていた。しかし、流行に乗り遅れるなとばかりに報告される偽装の数々。当時の阪神阪急ホテルの社長は当初、これは偽装ではなく誤表示だと言い放ったが、誰もが詭弁に聞こえたし、これは偽装ではなく詐欺だ、と思ったに違いない。
食材偽装は簡単に出来ても、これが人間ならどうだろうか。iPS細胞で一躍時の人になった研究者がいたが、すぐにほころびが出た。彼を敢えて弁護するなら、研究者だったことには間違いなく少し虚言妄想癖が過ぎたのだろう、となる。
しかし、現代のベートーヴェンと称される人物ならどうだろうか。「日本全国に衝撃を巻き起こす、魂の作曲家。 聴覚を失った闇の中で音を紡ぐ“現代のベートーヴェン”が曲に込めた絶望と希望、祈りが、混迷する現代に生きる人々の共感と感動を呼ぶ。」、彼のコンサートのプロモーションにはこう書かれている。
この被曝2世の全聾の作曲家には、ゴーストライターがいたことが判明した。それも驚愕の事実だが、それ以上に衝撃を受けたのは、彼は譜面が書けずピアノの技術は初心者程度で、あろうことか耳が聞こえているかもしれないとのことである。「被爆者」で「全聾」なら盲目的に騙せると考えていたのだろうか。本当にそうなら被爆者や障害者に対する冒涜行為なはずなのに、マスコミの追求が甘いのは片棒を担いでいたからだろうか。彼の説明を待ちたいところだが、恐らく雲散霧消していくのだろう。
医者を長くしていると理不尽と思えることがある。「この人、十分働ける能力があるにも関わらず、どうして生活保護?」「ひとり親のはずなのに、どうして男性が付き添ってくるの?」自分の主観だけなので詳細は分からないが、その人達に共通することがある。先ず、しっかり目を合わせない。次に、必要以上に着飾って来る。そして、自分の病状を首尾一貫押し付けてくる厚かましさである。ごく少数だが、公的扶助を受けている方に、ある種の如何わしさを感じることがある。
日常生活のことを立ち止まって考えると、「ああ、この世は偽装に満ちあふれている。」と憂鬱な気分になる。道理のある程度分かった大人ならまだいいが、まだ無垢な子供達のことを考えると暗澹なる気分になる。残念ながら子供達には、この世は偽装、嘘、欺瞞、ペテン、詐欺、ごまかし、裏切りが跳梁跋扈していることを伝えなければならない。しかし、その世界にも本物、真実、誠実、信頼があることを自分の手で見つけられるよう導いてやらなければならない。何よりも、その身近な手本に自分自身がならなければならない。
性善説と性悪説、みなさんなら、先ず人間をどう捉えますか?