院長のコラム

南紀田辺会

何の因果か、田辺高校37期の代表になった。開業してまもなくだから10年以上前の話になる。記憶があやふやだが、高校の先輩から「37期(の代表)が空席になっているからやってよ。」と声をかけられたように覚えている。仕事は、年に1回総会に出席するだけだから負担にならないとのこと。自宅を建て地元で起業した以上、終の棲家は決定した。「僕で良ければ、」快諾した。この間、何と副会長も務めた。と言ったら聞こえはいいが、事務局と会長が取り仕切ってくれていて名ばかり役職で済んだ。役員人事は自動的に決められていて、とうとう我々が卒業した前後の期から会長を出すことになった。幹事候補では僕が一番年上、年長者を差し置いて率先する者はなく、消極的な消去法でお鉢が回ってきた。

決定した以上、期待以上の働きを心密かに目論んだ。しかし、コロナ禍により学校行事は相次いで縮小・中止。定期的に行われる校内視察も平日のため、副会長に代理をお願いすることに。トップにも関わらず会長職は何一つ果たせていないでいた。今秋、首都圏在住の田辺・西牟婁郡出身者が集う「南紀田辺会」が3年ぶりに開催されることになった。同会への出席は同窓会幹事の仕事の一つ。窓際会長として忸怩たる思いでいた僕にとっては初の晴れ舞台である。10月15日土曜は診療日だったが、代診日を設けて休診とし万難を排して上京することにした。同郷会ということもあり、高校の同級生である妻も参加することになった。

当日、南紀白浜空港から羽田へ。羽田から会が開催される千代田区平河町のホテル・ルポール麹町までの時間は比較的タイト。私用ならタクシーも考慮したが、僕の分の経費は同窓会会費から捻出される公費、極力経費を抑えなければならなかった。南紀田辺会が推奨する経路、モノレールで浜松町駅からJR有楽町駅、乗り換えて有楽町線で麹町駅を目指すことにした。この季節の東京は日中と夜の寒暖差が大きく、上着のインナーを半袖にするか長袖にするか微妙な判断が求められる。天気予報は曇り模様だった。肌寒さを想定して長袖を選択したところ、JR有楽町駅から有楽町線の乗り換えが果てしなく、ホテルに到着する頃には、ただ歩いているだけなのに汗だく状態。11時半の開始にどうにかこうにか間に合った。

会の当日のスケジュールは三部構成に分かれていた。第一部が総会、第二部が講演会、第三部が懇親会。第二部の講演会は、地元が誇る超優良企業(株)山長商店会長が演者。江戸時代から材木業を営む企業の話は、ある意味、紀の国の木にまつわる歴史を紐解くことになる。地元にいてもなかなか聞けない話を、何と東京で聞くことになった。左団扇と勝手に思っていた企業が、時代の流れに翻弄されながら生き抜いていく内容に深く心動かされた。13時半開始の第三部の懇親会は100名弱の参加者、同窓会会長は一応ゲストのようで最前列のテーブルに案内された。座ってびっくり、隣は白浜町長、対面は地銀頭取と東京支店長、畏れ多いことしきりだった。3年ぶりの開催ということもあり、二時間半弱の懇親会はあっという間に盛況のうちに終わった。

同窓会会長の初仕事と意気込んで参加したものの、上座に座らされて飲食するだけに終わり心苦しかった。二次会で南紀田辺会会長に、「最終年の来年は、郷土を想う皆様のために司会進行をさせてください!」、役に立たなかったという気持ちが酔った勢いに任せて口をついて出た。はてさて、来年の南紀田辺会はどうなることか。

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