反アベの本質
松任谷由実さんに対する、某京都精華大学の専任講師、某白井聡氏のフェイスブック上の発言で、反アベ勢力の中身が奇しくも露呈した。彼を雇用している大学は、「人間の命を軽んじた内容であり、人間尊重の立場をとるべき本学教職員として不適切な行為」だと断じた。人を教え導くはずの師が、人間の命と尊厳を軽視するような人物であったこと、大学の印象を著しく毀損したにも関わらず厳重注意に留まった。最高学府の誇りは失墜した。
鉄面皮の告白をしよう。僕のある時期、いわゆる青春時代にはユーミンが常に側にあった。カセットテープケースには、尾崎豊、佐野元春、浜田省吾とともにユーミンのアルバムが多数並んでいた。白井某は僕と十歳以上年齢が離れている。ということは、彼の青春時代にはユーミンは既に松任谷姓を名乗っていたはずだ。彼の言葉を真に受けるなら、彼は松任谷由実からユーミン沼に入っていることになる。自身の経験や僕の周囲の感覚として、確かに荒井時代にも名曲はあったけれども、松任谷時代の方に共感、親近感を覚えている方が圧倒的だ。したがって、僕より遥かに若い世代で、本当にユーミンが好きだったのなら「荒井由実のまま夭折すべきだったね。」なんて口が裂けても言えない。安倍首相夫妻と交流のあったユーミンを誹謗したいがための詭弁に過ぎない。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはこのことである。僕の知っている限りにおいて、ユーミンはユーミンのまま変わらない。なのに、じっくり聞いたこともないのに、「荒井由実は良かった。」なんて懐古主義に耽り、まるで松任谷姓を名乗ることによって堕落したような印象づけ操作である。
ユーミンは五十年近く(正確には四十八年)、第一線で多方面において創作活動をしてきた。その彼女に向かって、醜態をさらしたと言える横柄な態度。親アベは早く死んだほうがいいと言える、神をも冒涜しかねない独裁者的発想。無数の言葉を紡ぎだしてきた詩人に対して、知性がないと言える知性のなさ。周囲に咎められて、ようやく気づいた自身の発言の危うさ。周囲に指摘されなければ、思い至らなかったこびり付いた観念。人を貶めるためには、「かつてのユーミンが好きだった。」と平気で嘘をつく性根。安倍首相を散々蔑んでおいて、自分の立場が危うくなると判断した途端更新しないTwitter。何らかの信念を持って発信したにも関わらず、もはや敵前逃亡状態。これが反アベの本質なのだ。自分の言葉に酔ってアジるだけの粋がり屋さんで、承認欲求が強い寂しがり屋さんなのだ。
朝日と毎日は、反日プロパガンダ新聞と僕は感じている。系列のテレビ局も同様である。もちろん両新聞は読まないし、報道番組も忌避している。ネットニュースも、見出しを見ればだいたい報道ソースは分かる。左翼主義的な臭いがプンプンとしているからだ。彼等は、自身が進歩的であることに優越感を抱いている。自分の考えは正義で正統という信念に凝り固まっている。したがって、自分の主義にそぐわない人間には、低級というレッテルを貼って「死んだほうがいい」と罵倒する。彼等が卑怯なのは、現実を直視せず理想論を振りかざして批判・非難をするだけで、決して対案は出さない。「対岸の火事」だから何でも言えるし責任も果たそうとしない。
今回、急進派のニューフェースが墓穴を掘ったことで、その薄っぺらさと攻撃性が露呈した。僕は右翼でも保守派でもない、ただの現実主義者である。いつの頃からか、新聞やテレビ報道を見ていて、「あまりに短絡的過ぎないか。」「そんなん理想やん、問題があるなら原因を提示してくれなければ。」と思うことが多くなった。最近では、ニュースのタイトルを見ただけで、その背景をが何となく分かるようになってきた。そのような観点に立てば、「マスコミはもういらない」と思っている。最後に、今回の新型コロナ騒動で国民を不安の渦に陥れたのは一体誰なのだろう、少し考えれば誰でも分かる。