太陽
うちの三男の名は太陽である。染色体異常のため発達障害がある。現在十四歳で中学二年生相当だが、言葉を喋ることが出来ない。小脳に大きなのう胞もあり、平衡感覚が低下しているためまっすぐ走ることができない。知能はもちろん運動能力も、支援学校の同級生よりはるかに劣っている。障害の程度は重度である。けれども、こちらが話す内容は何となく理解しているようだ。iPadを駆使して簡単な単語なら打つことが出来る。我々が考えている以上に記憶力もよく、文字入力をして様々なYouTubeのチャンネルをケラケラ笑いながらずっと見ている。近頃は食べ物の好き嫌いも大分なくなったので、極力公の場に連れ出すようにしている。とても愛想よく、みんなから「太陽くん」と声をかけられいつもニコニコしている。我々夫婦の関係は、もはや以前のようなものでなくなった。方や医療法人理事長で、方や介護施設長である。同業者であり、互いに経営者でもある。経営は生温いものではない。運営上のことでギスギスなりがちな我々夫婦を繋ぎ止めていてくれる存在が太陽である。
マッキーこと槇原敬之が覚醒剤取締法違反で逮捕されたのは1999年8月のことである。アルバム「太陽」は、2000年11月に発売された復帰作である。当時僕は、家族と離れ倉敷に単身赴任していた。父親を亡くした喪失感、生まれたばかりの長女や可愛い盛りの息子達と離れて暮らす寂しさ、大学病院で大学人として務まるかどうかの不安、先の見えない自分の人生、その他にも様々な苦悩を抱えていた。そんな時期に出会ったのがアルバム「太陽」である。「太陽」は逮捕された影響が色濃く反映されていた。自問自答を繰り返し、徹底的に自身と向きあったと思われる内省的なアルバムである。したがって、全体的なトーンは暗く、場合によっては落ち込んだ気分をさらに憂鬱なものにさせる沈痛なアルバムである。けれども歌詞の内容が、自身を鼓舞し、決意を表明し、当たり前のこと普通であることの大切さを歌っているため、その当時の僕の心境にはぐっと染みた。なかでも、アルバム名と同名の「太陽」は一番好きな曲だ。何度も、何度も聞いた。「自分の置かれた状況に、いつか太陽が差し込み、温もりを感じることが出来る日がきっと来る。」そう自分に言い聞かせた。そして確信した。「(こんな素晴らしい曲を書ける)マッキーは、二度と覚醒剤に手を出さないだろう。」と。その後の彼の活躍は誰もが知るところである。三男が誕生した時、自分の苦難の時期に救われた「太陽」にちなんで命名した。その当時、三男に重度の障害があるなんて知るよしもなかったが。
2月13日、彼は再び覚醒剤取締法違反で警視庁に逮捕された。妻からその話を聞いた時、「まさか?」自分の耳を疑った。TVニュースで確かめ、その事実を受け止めざるを得なかった。とても寂しかった。そして、「なぜ?」同じ思いが堂々巡りするだけだった。富と名声は十二分に手に入れたはずだ。彼の心の弱さなのか、才能が枯渇したのか、彼のセクシャリティの問題なのか。そんな通り一遍の陳腐な答えでは済まされないような気がする。たくさんの人を励まし、勇気づけ、救い、癒やしてきた彼自身が誰よりも絶望的だったのだろうか。救済されたかったのだろうか。彼の心の闇の深さは測り知れない。
何も求めずに何も変わらずに
いつも僕らを照らす太陽を
この暗闇の中 雨に打たれながら
ずっと待ち続けた
宛のない不安で容易く変わるような
ものを僕はもう信じたくない
僕の見上げた空に太陽があるから
どんな辞書や古今東西の名著を読み漁っても彼にかける言葉など見つからない。「しっかり罪を償って、また素晴らしい歌を聞かせて。」、何ていうのもちゃんちゃらおかしい。願うことは、我が家の太陽のように、「ありのまま、ただそこにいて欲しい。」それだけだ。