院長のコラム

奇跡が起こった卒業式(1)

来賓祝辞は、40年前の自分へのエールだった。300人近くいる卒業生全員が誇り高く意気揚々として式に臨んでいる訳では無い。忸怩たる思い、憤懣やる方なく渋々出席している生徒もごく少数ながらいるだろう。かつての自分のように同じ気持ちで臨席していた生徒に、「そんなに頑なになる必要はないよ、人生はなるようになるのだから。」現在の自分からのささやかながらの応援だった。

3月1日は、昨年と同じく和装で出席。昨年末、着物パーティに出席した際、背中に蜘蛛の巣刺繍された黒の着物姿の山口源兵衛さんの姿に見入ってしまった。思わず「同じものってあるんですか?」と問いかけてみたら、「三ヶ月もあれば出来るだろう。」の返事。出来上がるのはちょうど卒業式の前後。後日、阪急百貨店のイベントで再会した源兵衛さんに再度間に合うよう懇願し、出来上がったばかりのものを纏った。COVID-19感染症5類移行後の今回の卒業式は、制限なく通常通りに執り行われた。式冒頭の国家および校歌斉唱には心動かされた。卒業証書授与後の校長先生と来賓祝辞(知事代読)は、「当時、真面目に聞いていたらもっと違った人生になったかもしれないぁ。」いつ聞いても身が引き締まる思いになる。次に、いよいよ来賓紹介。事前に校長先生から、「今年は比較的時間に余裕があるのでゆっくり話して頂いて結構です。」とアドバイスを受けており、他の列席者の挨拶もほぼ定型的だったため、何となく諳んじていた文章をほぼそのまま話した。厳粛な中、「同窓会長のスピーチにどう反応したらいいのだろう。」という雰囲気を感じたものの、式は粛々と進行していった。

卒業式のクライマックスは、在校生の送辞から卒業生の答辞。卒業生S君の答辞は一風変わっていた。コロナ禍で翻弄された学生生活を熱く語る一方、バスケットボール部でエースナンバーをもらっていたにも関わらず補欠だったこと、想いを寄せていた女の子に告白したけれど振られたこと、生活において笑いが大切なことを語り、ところどころでクスクス笑いが漏れた。すると、答辞の途中、突如として沈黙が。「えっ、何?」、「何を企んでいるの?」、誰もがそう思ったに違いない。長い沈黙の後、「今日わかりました!将来僕が何になりたいのか、同窓会長です!」、その瞬間、会場が大爆笑の渦に。演台から数歩来賓者席の方に足を進め敬礼してくれるS君に、僕も立って応えた。再開した答辞で、卒業したら母親の作ってくれた弁当が食べられなくなることが寂しいと、両親に対する感謝も忘れていなかった。笑いあり涙ありの素敵な答辞だった。そうは言え、厳かな式典に笑いが必要だったかどうか、当日、診療だった僕は、後ろ髪を引かれながら式を途中退場した。

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