奇跡が起こった卒業式(2)
3月1日は通常診療で、卒業式に合わせて検査件数を制限していた。来賓退場とともに、妻にすぐに高校に迎えに来るよう連絡した。退場後、体育館から来賓待機室までの道中、来賓者から「S君やってくれましたね。」、「良い答辞でしたね。」、「先生の挨拶良かったですよ。」と黙って戻る昨年とは全く異なる反応。僕は待機室でゆっくりする間もなく退席し、自宅で着物を着替えてクリニックに向かった。高校から帰りの車中、「今回はちょっと変わった卒業式でね、答辞を読んだ学生が突然、アドリブで『将来、同窓会長になりたい!』って言って、」と淡々と話す僕に、「あぁ、そうなん。」とあっさりした妻の返答。この時は、どのような反響があったか知る由もなかった。
自分自身としては、かつて経験したことのないS君の答辞に感銘を受けた。自分なら同じようにアドリブで出来ただろうか、厳粛なる卒業証書授与式に笑いを持ち込めただろうか。残念ながら、僕はS君のような胆力とポジティブ思考は持ち合わせていない。そもそも卒業生代表に選ばれたらの話だが。翻って、彼の琴線に触れた僕の挨拶は適切だったのだろうか?単なる過去の自分に対するエールが間違って捉えられたのではなかろうか、心配になった。何よりも、卒業生やその保護者に対して不快な思いをさせたのではないだろうか、不安になった。退場直後、来賓として保護者として参列していた同窓会副会長から「良かったですよ。感動しました。」と声をかけられたけれど、これは先輩後輩の社交辞令と受け取った。
ところが、僕の心配は取り越し苦労だったことが徐々に判明。後日、甲子園出場実行委員会に出席。メンバーである校長先生やPTA会長も出席していて、PTA会長からは「お疲れ様でした。いい卒業式でしたね。」、校長先生からも「いい卒業式でしたね。二人に持って行かれましたよ。」と苦笑いされる次第。さらにまた後日、同窓会副会長夫妻と娘さんの大学合格祝いを居酒屋で開催。家族全員が出席した卒業式。奥さんは保護者の立場で、次女さんは当事者としてその場に。奥さんからは「素晴らしい卒業式でした。私の周りの方も、そうおっしゃっていました。」、娘さんからも「とても良かったです。友達も同じように言ってました。」と聞かされた。その後も、参列していた本人から直接、参列していた保護者から間接的に話を聞いたという僕の知人まで、卒業式に関するお褒めの言葉を多数いただいた。もちろん、僕の耳に入る内容なので耳に痛い話などなく、相当バイアスがかかっているのは確か。とは言え、職業柄あちこちで挨拶する機会が多い中、今回のような反響を受けたのは初めてである。
粛々と淡々と予定調和で進行していくのが卒業式。だから、僕の祝辞も奇をてらわず、過去の自分に対してエールを送るつもりで話した。僕の何に触発されたのか全く分からない。「将来、同窓会長になります!」と原稿に書かれていないことを突如としてぶちまけた卒業生代表S君。そして、卒業式では見たことのない多くの出席者からの大爆笑。青天の霹靂ではあったが瓢箪から駒、「合理的な思考」、「豊かな情操」、「積極的な行動」を教育目標に掲げる田辺高校らしい卒業式になったと今では誇らしい気分である。類まれなるS君の人間力が社会の荒波の中でもみ消されないよう、その時に僕は千の風になっているかもしれないが、彼が同窓会会長になる日を祈っている。