完唱!歌いきりましょう!!激辛
最近のマイブーム
最近、友人や仲間と飲食をして盛り上がると、二次会はカラオケボックスに行くことが多い。スナックには原則行かない。ボトルキープというシステムがどうも解せない。何度か付き合いで行ったことがあるが、ボトルキープしてもそのスナックに二度と行った試しがない。ボトルを流してばかりである。歌おうにも、他の客に気を使って存分に歌えない。もてなしとは程遠い気の利かない女性スタッフにも気を使わなければならない。他人に気を使って割高なお金を払って何が楽しいのだろう、カウンターに一人で気分良さそうに座っている中年男性を見るにつけそう思うのは僕だけだろうか。一方、カラオケボックスなら周りを気にせず内輪で盛り上がれる。金額も利用した時間と飲食した分だけなので、4人で1時間ちょっと利用したとしても一万円を超えることはまずない。
カラオケ大会を主催している僕だが、カラオケが好きという訳ではない。自分の歌の下手さは自身がよく分かっている。酒の勢いを借りてどうにか人前で歌えるが、しらふで歌うのは公衆の面前で裸になるくらい恥ずかしいものと考えている。
それでもカラオケに行くのは、第一に、カラオケ以上に人と人をつなぐ最適なコミュニケーションツールがないからだ。介護事業所を立ち上げて以降、初対面の方とも飲食する機会が増えた。老若男女問わず、一次会の余韻で二次会がカラオケボックスになると、初対面でも一気に関係性は縮まる。第二に、人間像がカラオケを通して判断できることが多々ある。選曲でその人柄を垣間見ることが出来るし、意外な一面を見ることがある。他人の曲を聞いている間の立ち振舞で、日頃の他者への気遣いが類推される。カラオケボックスは、経営者的には胸襟を開かせて人間力を確かめる場でもある。
けれども、気心のしれた同世代と行くことがほとんどなので、カラオケボックスは懐メロ合唱大会であり、日頃のストレス発散の場として利用している。五十手前のおっさん二人がボックスに入っていく姿は、傍から見ればなんとも情けなく気色の悪いものだが、本人たちは明日からの糧になると信じてお構いなしである。
我々のカラオケにはルールがある。延々と曲を聞かされるのも歌うのも嫌なので二分に制限している。二分くらいがちょうど曲の一番目が終了する頃だからだ。ただ歌うだけなら面白く無いので、二分で終了した時点で採点がつくモードに設定して、最高得点の人間が支払いを免除されるゲーム方式にしてきた。
最近、我々は新しい採点モードを見つけた。通信カラオケDAMの「完唱!歌いきりましょう!!激辛」がそれである。最初の持ち時間は20秒で、歌唱審査員が、音程やリズム感、歌唱技術を判定し、上手ならどんどん時間延長され、下手と判断されたなら有無を言わさず演奏終了になる。採点結果は点数ではなく何%歌えたかで表示される。曲のサビの前で演奏終了されることが多く、実にフラストレーションのたまる採点モードなのだ。二人で一時間利用すれば、一人10曲近く歌わねばならない。歌の上手な人下手な人、歌に自信のある人ない人、全く関係がない。「僕あまり得意ではないんですよ。」と前置きした人が35%で、「こいつ歌上手いんですよね。」と紹介され得意気に歌った人が25%だったりする。何人もの人を我々のカラオケスタイルに巻き込んだが、誰もが笑顔で帰宅するところを見ると本当に楽しいのだと思う。
認知症予防が叫ばれている昨今、自身の経験と実感で言うと、カラオケは認知症予防に絶対に有効であると思う。それを証明した論文や報告の存在があるのかどうか分からないが、歌い続けられる限りボケない自信は僕にはある。
いみじくも介護事業所に通信カラオケを導入した。利用者さんの認知症予防に少しでもお役に立てればと願っている。そして、仲間だけとではなく、世代を越えたその方達と点数を競えたらと考えている。ただし、お酒が入らないと厳しいのだが。