院長のコラム

宴の後

2014.03.16

喪失感のようなもの

この景色を、後何
海陽学園の三つ目のキーワードは「感謝」である。
この学園では、学園行事はもとより各地域での懇親会が定期的に行われており、保護者と話す機会がよくある。ほとんどの保護者が、現在の詰め込み型教育や偏差値重視の大学受験に対して疑問を持ってこの学園に入学させたようである。ネット上では、親としての教育放棄と揶揄する声もあるが、「孟母三遷」と言う故事があるように我が子のため思案に思案を重ね、「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」という諺があるように、断腸の思いで全寮制の学園に幼い子供を入学させた親の気持ちが如何なるものか。「親の心子知らず」、入学当初は親を恨んだこともあっただろう。しかし、卒業生答辞で先ず感謝の言葉が向けられたのは保護者に対してであった。自身の選択が間違っていなかったことを確信した瞬間である。感謝の気持ちは、6年間同じ釜の飯を食べた級友や学園のすべてのスタッフにも向けられた。

本来なら感謝感激雨あられの卒業式、卒業記念パーティーになるはずだったのだが、客観的、第三者的、傍観的に、もっと言えば俯瞰的に、僕は目の前に起こる光景をぼんやりと眺めていた。というのも、息子の進路状況が芳しいものではなかったからである。「終わりよければすべて良し」という言葉があるのに、どうしてどうしてなぜ、ユーミンの「リフレインが叫んでいる」のフレーズが卒業式の日に、僕の頭の中で終始流れていた。

卒業式後、結果を受け止められないまま数日が過ぎた。学園に入学させたことを後悔はしていないが、なぜこのように事態になったのだろう、自問自答する日々が続いた。ある時、ふと閃いた。終わりよければ全て良し?終わりさえ良ければ本当にいいのだろうか。そもそも、中等教育が終了しただけで息子の人生は終わっていない。自身がそうだったように、長い人生を振り返ると失敗や挫折が更なる飛躍に繋がる。何よりも忸怩たる思いでいるのは本人である。親子ともども現状を受け止め、決して逃げず諦めず慌てふためかず歩んで行こうと誓った。

この春、息子は海陽学園を巣立った。世間の耳目を集める学園の生徒としての肩書は無くなった。6年前に長男が入学した時の我々のあの高揚感も、波が引いていくように去って行った。まるで、宴の後の寂寥感・寂寞感が漂うかのようである。
しかし、この6年間で培った「人間力」、6年間寝食をともにした学友との「絆」、そして何よりもたくさんの人に支援されているという「感謝」の気持ちを忘れなければ、どんな困難でも力強く歩んでいけるように思うのは僕だけだろうか。息子同様、卒業生の動向に今後も注視していこうと思う。

度見られるのか。

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