院長のコラム

家族の絆

家族であること

ネットから拝借。
なんか、イイですよね。

 三男の緊急入院と妻の突然の不在に僕は面を食らった。しかし、たじろいだのは僕だけではなかった。

絶対安静を要する三男は、一日中檻のようなベットでの生活を強いられた。子供なのに子供の鳴き声に敏感な三男は、病室で相当落ち着かなったそうだ。しかも、PCでyou tubeを見ることも、HDDに録り溜めているEテレの「みいつけた!」も見られない。いつもの日課「太鼓の達人」も叩けない。最初はあまり元気のなかった三男も、日を追うごとに元気になり、入院も4日目になり安静が解除されるといつもと変わらない姿になったそうである。

障害があり自分の意思を言葉で表現出来ない三男のために、妻はほぼ24時間体制の付き添いをすることになった。いつまで入院生活が続くか分からない状況だったので、祖父母に付き添いの支援をお願いしたところ快諾を得られた。しかし、病院の規則で、付き添いは原則両親であることを求められたので、妻はほぼ着の身着のままの状態で入浴もままならい日々を過ごすことになった。

僕は僕で、病魔の後遺症に加えて日常診療の忙しさで心身ともに疲弊していた。そんな時に連日の外食、一人で外食をするのは寂しいので、付き合ってくれそうな人に電話をして約束を取り付けるのに一苦労した。自分が誘っておきながら、事情があるからと21時までには自宅に帰って風呂の準備やちょっとした片付けをした。何よりも辛かったのは、娘の送りのために朝5時半起きをしなければならなかったことである。心身のバランスを崩しているところに生活リズムの変化は相当応えた。

今回の出来事で一番頑張ったのは長女である。普段慣れていない父親との二人きりの生活。日頃ガス抜きをしてもらっている母親の突然の不在に、自分の子供とは言え思春期の娘にどう接したらいいか分からない僕は、故事と全く意味が異なる「見ざる聞かざる言わざる」、私は貝になりたい状態であった。娘は、食事を祖父母の家で食べ、時間の許す限りそこで宿題をして、後は寝るだけの体制を整えて自宅に帰ってきた。すべてを済ませて自宅に帰ってきた娘と父親の会話は、明日の業務連絡のみであった。僕は5時半起きだったが、娘は5時くらいから起きて、昨晩祖父母の家で下ごしらえした食材で自分の弁当を作ってから自宅を出た。「コンビニ弁当にしよし。」父親の安易な言葉はいとも簡単に葬られてしまった。

ちなみに、長男次男は全寮制の学校にいるので、我が家の危機は露ぞ知らなかった。
いつまでこんな生活が続くのだろうと危惧していたが、三男の病状は悪化することなく経過し、それ故病室・院内で愚連隊のように暴れる姿に主治医も折れたようで、条件付きで5日目に退院となった。5日ぶりの我が家の団欒は、当たり前の日常が素晴らしいことを再認識させるとともに、家族の有り難みを十二分に実感させた。
余韻に浸る間もなく、次の日からいつもの日常が始まった。三男は、PCとテレビと太鼓の達人の勝手気ままな生活に、娘と母親は仲がいいのか悪いのか共感したり罵り合ったり、僕は僕で「いつになったら、夕飯出てくるん!」、「忙しいから無理!」の妻の返事。何もなかったかのような毎日に戻った

最近ニュースで、子供を虐待する親、親に刃物をむける子供、親子の痛ましい事件を見聞きする機会が多くなった。その度に家族の絆って何だろうと考えている。即答はできないが、今回不測の事態が起こって分かったことがある。自身一家の大黒柱を自負しているし、家族が路頭に迷わないようその方向性を見定めているつもりだが、それはあくまでも家長として自分の役割を果たしているだけで、それぞれがそれぞれに自分の役割を果たして家族が成立していること、助け合い助けられ、支え支えられ、愛し愛されていることことを実感した。たったそれだけのことだが、このことを実感できたのはいい経験になった。

これもネットから拝借。
手を取り合うことの大切さを感じました。

 

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