巨星墜つ〜小室直樹氏訃報に際して〜
親愛なる小室直樹様
評論家の小室直樹氏が亡くなられたことが朝刊の訃報欄にぽつんと掲載されていた。いつの頃から小室直樹氏の著書を読むようになったのだろう。
我々の世代は、小中高校と一貫して日本の自虐的歴史史観を教師(おそらく日教組所属)に教えられ叩き込まれて来た世代である。先の大戦では、軍部が日本の良識ある国民を欺いてだまして戦争に導き、しかも周辺諸国に多大なる迷惑をかけた。悪いのはその当時の陸軍であり、周辺諸国に迷惑をかけた軍人達である、と。まさに「三つ子の魂百まで」叩き込まれ、刻み込まれた情報は如何ともしがたい。自分の無知の知をようやく知ったのは医師になってからである。出来れば将来、海外留学を考えていた大学院生時分、英会話を習うために米国人留学生を知り合いから紹介された。初めて、ほぼ片言も日本語を話せない米国人と二人きりで1時間近く同じ時間を過ごした。簡単な挨拶をすませた後、長い沈黙がうまれた。こちらは日本に来ている米国人だから少しは日本語を話せるだろう、向こうは医師というインテリ層だからある程度英会話ができるだろう、互いの大いなる勘違いがその場の空気をどんどん重くさせる。その時なぜだろう、何がそうさせたのだろう、拙い英会話で、先の大戦では日本が誤った戦争を行ったこと、甚だしく周辺諸国に迷惑をかけたこと、米国がその日本を解放してくれたことに感謝する、と述べたように思う。その後何度かレッスンを受けたが、初回の印象が強烈に残った。
「なぜ、俺は初めて出会った米国人にここまでこびへつらったのだろうか?」
それからだと思う。自分の素朴な疑問、はたしてその当時、軍部だけで独断独占専制的に物事を進めていけたのだろうか、昭和天皇を無視して物事を押し進めていけたのだろうか、その当時の国民は言論の自由なく押し黙っていたのだろうか、まさに今のような北朝鮮のような政治が当時の日本で行われていたのかどうか、僕は知りたかった。そのことに対して答えをくれたのはまさに僕の父だった。それ以外の人から自分が理解できるような答えを聞いたことはない、今でも。その父がよく読んでいた本の著者が谷沢永一氏であり渡部昇一氏であった。おそらくその流れの中で小室直樹に出会ったのだと思う。僕の本棚には氏の著書、「資本主義原論」「三島由紀夫復活する」「日本国憲法の問題点」「日本人のための宗教原論」「日本人のための経済原論」などがある。
小室直樹氏がどのような人物で、言論界においてどのような位置にあり、斯界でどのように評価されていたのかは全く分からない。一つ言えることは、氏の論理哲学が僕の心に、腑に素直に落ちてくることだけは確かである。
僕は常に、自分の芯になるものが欲しいと願っている。洋服なら山本耀司さん、音楽なら佐野元春さん、そして思想哲学なら小室直樹さんである。皆僕のマイルストーン、道標である。その僕の心の支えの一人小室直樹氏が亡くなられたことが、新聞の訃報欄にぽつんと載っていた。そのことを伝えるニュースは全くなかった。小室直樹氏をこんなに簡単片付けてもいいのだろうか。この時代、特に民主党があたふたして日本という国の存在をあいまいにしようとしている時期だからこそ、小室直樹氏に脚光をあてるべきではないか、と思っていた。もう、氏の新しい言説は聞くことが出来なくなった。しかし、僕が納得得心できる評論家に出会うまでは、少しでも氏の著書、古典を読み進めようと心新たにしたところである。
巨星墜つ!さらば小室直樹氏、あの世の小室ゼミで!