悩んだ末の贈り物
立つ鳥跡を濁さず
先月末をもって、五年間勤務してくれた看護スタッフが退職した。八月二十六日の送別会は、クリニックスタッフや関係者を含めて総勢二十五名ほどの盛会になった。いつもなら院長自ら司会進行を取り仕切るのだが、今回はスタッフに運営を任せた。とはいえ、初めての取り組みなので戸惑ったのだろう、事前に提出された進行表を何度も訂正した。乾杯と締めの挨拶両方を院長がするなんてあり得ない。結局、自分がするのと労力は変わらなかったが、いつもと異なる趣向の会になり、参加者からお褒めの言葉をいただいたのには安堵した。
開業して九年半、予想だにしなかった内視鏡件数に達したのは偏(ひとえ)に自分の努力の賜物、と言いたいところだが、そうでないことは自明である。開業予定の医師が、開業前に何度か見学に来てくれた。内視鏡検査に至る過程が体系的に整えられていること、予約外の患者にも臨機応変に対応できている、チームが一丸となって動いている点を讃えられた。我々にとっては日常茶飯事なので当たり前のことと意識していなかったが、第三者に指摘され妙に気恥ずかしかった
また、自分自身、汝を知っているつもりである。それはいい意味ではない。誇るもののない薄っぺらい人間であることを自覚している。それに反するかのように我が強いとなれば最悪である。我の強さは、父権主義的で患者に安心感を与えこともあるが、そうでないこともある。うまく行かなかった時、どれだけスタッフにフォローしてもらったことだろうか。当たり前のことだが、人は一人では生きていけない、幾星霜を経て心からそう思う。
五年間働いてくれたスタッフは陰日向に頑張ってくれた。いつの間にか、当クリニックの顔とも言える存在になっていた。退職を相談された時、相当動揺したが受容するほかなかった。「結婚を止めなさい。」なんて絶対に言えなかった。妊娠・出産を機に退職したスタッフは何人かいたが、寿退職は初めてである。こんなにおめでたいことはない。それよりも、何より嬉しかったのは彼女の気遣いであった。退職までに三ヶ月以上の猶予を与えてくれたことである。何処の地域も同じだが、看護師不足は深刻である。妻が何度もハローワークを訪問したが、医療だけでなく介護の現場でも人材不足は切実な問題のようである。どうにかこうにか後任が見つかり、後任を教育して申し送りをしっかりして彼女は巣立っていった。
そんな彼女に、歓送迎会で何をプレゼントするか相当迷った。女性同士なので妻に丸投げしても良かったのだが、今回に関しては僕の感謝の気持ちをモノを通して伝えたいという思いが強かった。とはいえ、これがなかなか難しい。決して高くなく、飽きが来ず、日常生活で使えて、院長らしく思いが伝わるモノ、そんなものなんてあるはずがない、と半ば諦めていた矢先、偶然見つけた。ディスコード・ヨウジヤマモトから、女優の桃井かおりさんが山本耀司氏に宛てた直筆の手紙の一文をモチーフにしたストールが発売されるとのこと。早速青山本店に連絡して更にびっくり、数量限定と書かれていたが五点限定とのこと。
歓送迎会では、桃井かおりさんのようにいつまでも若々しく瑞々しい人であって欲しいという言葉を添えてプレゼントさせてもらった。彼女が、またいつか働く時、我々のクリニックで得た経験を存分に発揮してもらいたいと願う。我々も、彼女が一端を担った長嶋雄一クリニックイズムを進化させなければならない、と心新たにした晩夏の一日であった。