院長のコラム

本当の自分、本当の生活

田辺祭二日目

もう少しだけ、田辺祭の体験談にお付き合いしてもらいたい。住んでいる町の伝統行事のことを何も知らなかった懺悔記であり、田辺祭のことを知らない方々に少しでも興味を持っていただきたいという推奨記だからだ。

二日目は、午後六時に闘鶏神社の社務所集合である。すでに鳥居前には笠鉾が揃えられて、お宮入り前の休憩中であった。早速弁当と駆けつけのビールを頂いた。僕が参加させてもらったのは夕方からだが、皆朝から笠鉾を曳いて町のあちこちを練り歩いているため、傍から見ても疲労がピークに達しているのは分かった。昨日と打って変わって、ほとんどの人が喋らず床に寝転んでいた。

七時半前におかさへ移動して、祭のクライマックス「神前勤め」である。昨日は神社内に入ることを許されなかったおかさが、神社内の拝殿前でお勤めである。昨日同様、住矢の走りが儀式の合図となった。おかさを拝殿前に移動させて拝殿に対して正面向きに回転させた。もちろん左回りでなければならない。
もう1ヶ月も経ったので記憶が曖昧だが、拝殿前で一回転してからお浄めしてもらったように思う。この回転が優美でなければペナルティを課されるらしく、前輪を肩まで上げてゆっくり回さなければならない。相当な重量のおかさを上下左右に動かすには相当の力が必要である。自分の時には気付かなかったが、他所のおかさがお勤めをしているのを見ていたら、「何しやんな!」「ちゃうちゃう(違う違う)!」「阿呆!」、優美な回転とは裏腹の怒号が、備え付けられているマイク越しに響き渡っていたのには思わず苦笑した。

お勤めの後は昨日と同様、他の町のおかさが全てお勤めを終えるまで、ひたすら休憩である。ここでも同業者、飲み友達、同級生、後輩等々何人もの知り合いと出会った。その度に「あんた、何しやんのよ。」と聞かれ、説明する度に「あんた、エラいな。」と感心された。この地域で「エラい」には二通りの意味がある。一つは文字通り「偉い」という褒め言葉と、もう一つは「大変ですね」というねぎらいの意味である。言葉の音調から、半々であったように思う。同じ田辺人から「偉いな」と言われた時は、誇らしげな気分になった。
「神前のお勤め」が終われば、「流鏑馬」で闘鶏神社での行事は終わりである。テレビで見るような勇壮なものではなく、馬というよりも驢馬がその年に選ばれた子供を乗せゆっくり現れ、的の前で一旦立ち止まって弓を引く、その繰り返しであった。何本的を得たかで、その年を占うらしい。
「流鏑馬」が終わった頃には、すでに十時前になっていた。この後、会津橋に集合して別れの掛け合いがあったが、翌日(金曜日)診療のある僕は早々に帰宅した。

ないものねだりは尽きることがない。本当の自分、本当の生活、本当の生き方、今とは違うもっと素晴らしい環境を人は追い求めがちである。
祭の季節が来る度、テレビでは勇壮な祭の光景が繰り広げられる。特に、青森のねぶた祭や仙台の七夕祭は旅情をそそる。しかし、東北や京都、東京に行かなくても、同等あるいはそれ以上に伝統ある祭がこの地域にあることを、今回身を持って知った。と同様に、本当の自分、本当の生活、本当の生き方も、本当は自分の身の回りにあるのでは、と祭に参加してふと感じた。

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