海陽学園 第一回 ホームカミングデー
十一月三日のイベントのためには前泊しなければならない。宿泊はもちろん、ホテルアークリッシュ豊橋である。最もコスパのいいホテル、僕はそう思っている。いつもなら十六階にあるレストランKEIでフレンチディナーを楽しみたいところだったが、今回は友人の勧めもあり駅近くの日本料理店「大村屋」をチョイスした。老舗料理店のようで、久しぶりに親子三人、ザ・和食を堪能した。ホテルに帰ってラウンジで寛いでいると懐かしい顔、何かとお世話になった学園の保護者と出会った。互いの子息の近況報告をしつつ旧交を温めた。
十一月三日当日、久しぶりの海陽学園は何も変わっていなかった。「もう二度と来ることはないだろう。」と思っていただけに万感胸にせまるものがあった。受付を済ませ、体育館での開会式、太陽の丘での全体集合写真撮影、その後の昼食ビュッフェから茶話会とタイムテーブルに沿って行事が進んでいった。卒業生と保護者そして関係者、総勢三百七十名の参加者で広い食堂が賑わった。突然の参加表明で、三期生と五期生の保護者と連絡をとっていなかった我々夫婦は当初、集団から離れた片隅に陣取ってビュッフェをつまんでいた。知った顔が少ない中、少し心もとなかったが、近畿地区懇親会で楽しいひと時を過ごした懐かしい顔に声をかけられ、ブッフェから茶話会の二時間を持て余さずに過ごすことができた。
十五時からはソサイエティである。我々夫婦は、「海陽学園のリーダー教育はどう活きるのか」、十六時からは「あなたの番です〜医学部編〜」を選んだ。前者は、二人の一期生、一人は商社に入って現在はオムツの開発をする部署に配属された慶応大学出身者、もう一人はトヨタ自動車に入社し現在はレクサスに配属されている東大出身者の二人が、司会進行者の元、海陽学園に対して語る座談会形式であった。それぞれの会社、社会でともに頑張っていることは理解できたが、海陽学園で中等教育を受けたことの良否が十分に伝わって来なかったのは少し残念だった。
衝撃的だったのは、後者のソサエティでトップバッターの六期生のプレゼンである。医学部合格を勝ち取るためには、センター試験で85%以上の点数を確保しなければならない。なのに、彼は79%しか取れなかったようだ。けれども、緻密な戦略でもって小論文と面接で巻き返し、地方国立大学医学部の推薦合格を現役で成し遂げた。「医者になれば出身大学なんて関係ありません。可能なら現役で入ることを勧めます。」と満面の笑みを浮かべて彼はうそぶくのだ。勉学はもちろんのこと、地方でのアクティビティを満喫する様子がスライドで披露される。長期休暇には海外へのボランティア活動にも積極的に参加しているようだ。もっと驚いたのは、中国伝統芸能「変面」を特技にしていることだ。詳細はよく分からないが、門外不出・一子相伝の技芸だそうだ。「乃木坂46の齋藤飛鳥さんにも伝授しましたよ。」と得意げに話すのだ。彼の濃密なプレゼンに我々夫婦は終始圧倒された。当日宿泊するホテルのチェックインもあり、このソサエティは彼のプレゼンで中座することにした。
今回、海陽学園の第一回ホームカミングデーに参加してきた。まだまだ始まったばかりのイベントなので可不可を論じることはできない。率直な感想として、学園六期生の医学生○橋君の話を聞けたことが今回の行事の最大の収穫だったように感じている。我々保護者は、どうしても東京大学や旧帝大の医学部合格に目を向けがちになる。僕からすれば十代のはなたれ小僧が、国公立医学部現役合格という強い意志を持って実践実行したこと、しかも、それに甘んじることなく社会貢献も行いつつ公私に渡り充実した日々を過ごしている。医師の卵とは言え、未来のライバルに末恐ろしさを感じた。海陽学園の懐の深さを垣間見たように気がする。次回は未定だそうだが、「また訪れてみたい。」そんなイベントだった。