無知の知
続・医師会退会
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」 夏目漱石の「草枕」の有名な冒頭の文章である。何かと住みにくいこの世の中で、この春、まとわりつくしがらみから一つ開放される。
きっかけは些細なことであった。医師会幹部からの酔った上での戯言(たわごと)だった。言った本人は老婆心から言ったのかもしれない。しかし、親でなければ身内でもない、ましてや何も世話になったことのない、人間味に乏しい肩書きだけの偉いさんの単なる戯れ言(ざれごと)に過ぎなかった。言われた当時は憤懣やるかたない思いだったが、今となっては、僕に医師会を辞めるきっかけを作ってくれた、僕の背中を後から蹴飛ばしてくれた恩人、と思うように自分に言い聞かせている。
そもそもは、自分の無知から始まった。開業するためには、種々の申請を保健所、近畿厚生局等に提出しなければならない。医師会入会もその一貫で、何も考えず何の迷いも無く入会するのが当たり前と思っていた。A会員(∵開業医はA会員、勤務医はB会員)として地元医師会に入会することは、すなわち上部組織の県医師会、日本医師会に同時に入会することを初めて知った。
開業して間もなく、自分より少し前に開業した先輩(都市部で開業)と話す機会があり聞くと、医師会に入会していないと言うではないか。理由を尋ねると、「入会費が高くて払えなかった。そのお金があるなら医療機器を買った方がよっぽどいい。」との返事。医師会に入っていなくても何の不都合もないこと、かえって余計なしがらみが出来なくてよかったことを聞かされた。この時点でようやく、医師会が加入義務のない団体であることを理解した。よくよく調べてみると、都市部では入会金に300万以上かかるため、3割近い開業医が医師会に入会していないそうである。
とはいえ、こちらは8万人程度の田舎町。新規開業の情報は、製薬会社、製薬会社卸、血液検査会社を通して瞬く間に広がる地域である。入会金も妥当で、逆に入会しない理由が見当たらない。ということで、一会員として末席を汚していた。
しかし、忘年会や新年会等の懇親会、医師会主催の勉強会に来るのはいつも決まった面子だけ、医師会旅行の平均年齢は65歳前後で敬老会の様相を呈している。ほぼ毎週開催される医師会主催の講演会は似たようなテーマばかりで、来るのもいつもの顔ぶれ、錚々たる教授がわざわざ遠方から来てくれているのに、集まるのは10人以下のことはざらである。しかも、医師会に入会して5年、1度も会ったことのない先生が3分の2はいる。
医師会とは、何が目的で何をしようとしているのか、相互扶助団体なのか単なる同業者団体なのか、存在意義に疑問を持つようになった。会員が医師会開催の行事に参加するようできるよう努力すべき、と元役員や現幹部に何度も進言したが「集まらないのは仕方がない」「来ない人間は何をやっても来ない」「何処の医師会も一緒で仕様がない」の否定的な返答ばかりだった。現在の停滞している閉塞的な状況を打開しようという動きは全くなく、むしろその状態を享受しているかのような印象を受けた。(つづく)